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義肢装具メーカー、中村ブレイスは1974年、初代社長(現会長)の中村俊郎さんによって創業された。同社はこの事業と共に、古い建物の改修も続けている。再生された建物は社員寮やパン屋などに生まれ変わり、地域で使われている。

俊郎さんが故郷でたった一人で始めた中村ブレイスは現在80名にまで社員が増え、うちIターン、Uターンで移住してきた社員が計20名になった。

東京都八王子市出身、幾つかの職歴を経て、義肢装具士として2014年から中村ブレイスで働く後藤開さん(46)も、Iターン移住組の一人だ。

「田舎で暮らしたい」「なぜ? やめなさい」…それぞれのパートナーからは意見も。ヨーロッパ生活を経て石見に移住した二人の青年の幸福とは_1
「人が元気になっていく姿を見られるのがこの仕事の素晴らしさ」と後藤さん
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後藤さんは埼玉県の高校を卒業後、パリ市立音楽院に入学、ピアノの勉強に励む。しかし高校時代の同級生で、現在の妻である理恵さん(47)と文通を続ける中「日本の田舎で暮らしたい」という手紙を受け取り、その希望を一緒に叶えることに。

音楽院を辞め、21歳の時に、島根県邑智郡邑南町(旧羽須美村)で自給自足生活を始める。

鶏100羽を平飼いして卵を売ったり、ヤギから絞った乳でチーズを作ったりという生活を10年程続けていた2006年、大豪雪に見舞われ、鶏小屋がつぶれる被害に遭う。そこから山梨で豚の飼育をする知人を手伝うこと2年半。しかしここで後藤さんは肩を傷め、「若くて体が動くうちは自給自足生活もできるが、これをいつまでやるんだろう。もっと別の仕事をした方がいいのかもしれない」と考えるようになった。