禅と出逢ってハッとしたジョブズ

スティーブ・ジョブズのことは、もちろん知っていた。彼がアップルの創業者で、iPhoneを創った人だということも存じていた。私はITには弱いのだけれど、さすがにスマートフォンは使っていて、そのスマホを通じて、死を悟った彼が語りつくしたという評伝の記事を読んだりもした。

『ベルばら』伝説のトップスター・安奈淳を死の淵から救ったスティーブ・ジョブズの言葉_1
スティーブ・ジョブズ氏 写真/Getty Images
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最近になって、文庫の新刊、『宿無し弘文 スティーブ・ジョブズの禅僧』を読んで、初めて彼のことを深く知ることになった。ジョブズという人は、才華に溢れていたものの、幼い頃から周囲と妥協できず、長い間、過剰な自己を持て余していたように見受けられる。そんな彼が、青年期に禅と出逢ってハッとして、禅にのめり込んでいった気持ちは、凡人である私にもよく理解できる。

『宿無し弘文』は、著者の柳田由紀子さんが、ジョブズの禅の師、故・乙川弘文(おとがわこうぶん/1938~2002年)の関係者を訪ね歩いて書き上げた伝記だ。日米欧を駆けめぐり、完成までに8年をかけた大作だが、読書が大好きな私は、ほんの2、3日で一気に読んだ。

ジョブズも常人ではないが、師である乙川弘文も負けてはいない。もしかしたら、この人は宇宙から来たのではないかしら、そういう感覚を私は抱いた。

弘文さん、とにかく無欲なのだ。その上、裏も表もなさすぎるくらい、ない。だから、性的なことには無関心かと思ったら、そうでもない。相手がすがるように求めてくれば受けとめてしまう。それを“破戒僧”と批判する人もいるが、人間、なかなかこうはできないものだ。人には、自分に合わないものを拒否したり、避けたりする習性がある。ところが、弘文さんはすべてを受け入れる。ちょっと宇宙っぽいのはそういうところだ。最期だって、常人とはかけ離れたこの世からの去り方をしている。

宇宙の人・弘文は、過剰の人・ジョブズをも受けとめ、助けた。ジョブズにとっては、生きる意味を教えてくれた神のような存在だったろう。もし、生前の弘文さんに接することがあったら、私もジョブズのように心酔したかもしれない。