新作長編『最愛の』を刊行したばかりの小説家の上田さんと、数ヶ月前に新譜『Camera Obscura』をリリースしたPeople In The Boxの波多野さん。

上田さんの芥川賞受賞作「ニムロッド」がPeople In The Boxの「ニムロッド」からインスピレーションを受けていたことから対談で知り合い、その後東京と香川という距離がありながらも、折に触れて会うように。

今回、お互いがコロナ禍の期間に制作していた作品を発表したということで、上田さんは、普段は面と向かってなかなか話さない「創作についての話」がしたいと、波多野さんに声をかけました。話題は、お互いの新作を糸口に、最後には創作と生活の関係にまで深まって――。


撮影/神ノ川智早 構成/編集部 (2023年8月10日 収録)

【前編はこちらから】

上田岳弘さん(作家)が波多野裕文さん(ミュージシャン)に会いに行く【後編】_1
左・上田岳弘さん 右・波多野裕文さん
すべての画像を見る

「っぽさ」から遠く離れて

波多野 今回『最愛の』を読んで、僕が最初に出会った上田作品『太陽・惑星』の頃とは、上田さんはだいぶ遠くまで来たと思いました。『太陽・惑星』を手に取ったのはたまたまだったんですけど、その頃、音楽業界の外でも、共鳴し合える同世代の人がもっといたらいいのにと思って、他業界のクリエイターの作品に手を伸ばしたんです。上田さんが近い年齢だったので、読んでみたら、どんぴしゃだったという。
 でも実は僕と上田さんは、作風や手法がちょうど交差しているんですよね。僕は昔は一人称で歌詞を作っていて、初期の頃はラブソングっぽい感じの曲も結構あるんですけど、今はどんどん『太陽・惑星』みたいな作風になってきています。でも上田さんは、最近の作品ではリアリズムの手法で書いていて、『最愛の』では「恋愛小説」とまで謳っている。上田さんの恋愛小説なんて、いったいどんな小説なんだと最初は不安になりましたけど、最後には、そりゃそうだよな、上田さんが書くんだから、いわゆる「恋愛小説的なもの」で終わるはずがないよな、と感嘆しました。

上田 作中人物の発言にもありますが、恋愛小説は、いかに結ばれないかを書くのが王道だと思うんですよ。もしかしたら今作では、その新しいパターンを提示できたのではないかと自分では思っているんですけどね。

波多野 『最愛の』のラストは、今までの上田作品の中で一番好きだったかもしれない。バッドエンドとかハッピーエンドとかというんじゃなく、ひたすら晴れやかに終わって。すごくカタルシスがありました。

上田 それはうれしい。あのラストは難しかったです。

波多野 ですよね。

上田 主人公が過ぎ去った過去を思い出して文章を書いている中で、じゃあ何がこの『最愛の』という小説のラストに相応しいのか。感情の吐露によって盛り上げて終わるのは簡単なんですけど、そこにある苦しみや誠実さをどう保てるかが難しくて、ラストは何度も書き直しました。

波多野 僕は時折、上田さんの作品の主人公の軽薄さに救われるんですが、あのラストはそれも込みで書かれてますよね。主人公の久島(くどう)は結構おめでたいやつですよね。それがすごくいい。

上田 軽薄さは大事かも。

波多野 大事ですね。純文学とか、僕がやっているタイプのロックミュージックとかは、えてしてシリアスになりがちです。

上田 そこをクリアした上で、もう一回柔らかく、ある意味ではチャラく着地しないと生きていけないじゃないですか。

波多野 それは本当にそう。でも人は、自分のチャラさを全く存在しないもののように、自分を洗脳するときがありますよね。
 僕は、上田さんと違って、もともと極度のひきこもりだったり世間知らずだったりするので、独りでものを考える時間がおのずと長くなり、作り手としてはエリートというか(笑)、ものを作りやすい属性なんです。

上田 オーソドックスって意味ですね。

波多野 そう、作り手としてはある意味、正統派の道を歩んだあと、どんどん世間を知っていくという過程を経ています。最初からビジネスパーソンとしても世に出ている上田さんとは逆向きの道を歩んでいるから、今すごく、上田さんの言っていることに共感できる。

上田 なるほど。

波多野 だから僕は、15年前は自分のチャラさなんて絶対認めない、みたいな感じでした(笑)。

上田 このあいだ、直木賞作家の小川哲さんとお話ししたとき、「上田さんは『作家業一筋』的な人じゃないですからね」というようなことを言われ、自分でもキャラ的にはそうなのかなと思いましたね。クリエイションに本来向かない性格なんですよ、たぶん。

波多野 でもイメージに自分を寄せていくことってあるじゃないですか。小説家になるとどんどん小説家っぽく、ミュージシャンになるとどんどんミュージシャンぽくなっていく、みたいな。僕自身は今、その「っぽさ」からどんどん離れていってる気がします。上田さんの場合は、そもそもイメージに寄っていかなかったんじゃないかと。

上田 それは、僕が作家になりたいと思った年齢が早過ぎたからかもしれない。だから逆方向に走る癖がついちゃってるのかも。

波多野 逆方向に走る?

上田 小説世界の中で王道っぽくない振る舞いを書くことが癖になっている可能性があります。たとえばヒロインが「私のことを忘れないで」と言うのが王道だとしたら、僕の場合は「私を忘れて」と言わせてしまうとか。主人公男性がいつも女性の方から声をかけられるんじゃなくて、必ず自分から声をかけるようにして、なぜかモテてしまうんじゃなくて、自分からいく感じにしちゃうところとか。

波多野 逆張りがすぎる、と。でも、それがすごくいい方向に働いているんじゃないですか。

上田 僕はデビューが34歳なんですけど、逆張りしてなかったら、もっと早くデビューしていたかもしれないと思うこともあります。

波多野 音楽に関していうと、若いうちからデビューしても意外といいことばかりではなさそうだって、話したりすることがありますよ。早くに評価されて、勢いや衝動でやっていた頃のイメージをいつまでも人に欲望されちゃうと、そこから変化していくのは苦しいだろうと思います。意外と、紆余曲折や変遷を経た後で世に出てくるのがいいのかなという気がしますけどね。

上田 才能の形によって適齢期みたいなものがあると思うんですが、僕の場合は実際のところ30代ぐらいのデビューがベストであろうと思っていました。経験値がありつつ、ちょっとよく分からない人間になってからデビューしたほうがやりやすいじゃないですか(笑)。たぶん僕のバックボーンなんて、傍目にはよく分からないと思います。作家ではあるんですけど、ビジネスとか他の顔もあるから、全体像が見えない感じになっているだろうなと。

波多野 確かにそちらの顔はほとんど見えない(笑)。