安全保障環境が悪化していく中、日本の国民が考えるべきこととは…
防衛費の大幅な増額が決まる中、戦争を抑止するために自衛隊は適切に整備され、運用されているのか? 防衛省、防衛研究所室長で、ロシア・ウクライナ戦争の解説でニュース番組でもおなじみの高橋杉雄氏は防衛費増額にあたり考えるべきことが3つあるという。
日本で軍事を語るということ#1
いま日本人が考えるべきこと
日本を取り巻く安全保障環境は悪化の一途をたどっている。
それと反比例する形で、抑止力としての防衛力(軍事力)の重要性が高まり続けている。日本は民主主義国家であり、国民が政策決定に関与する政体である。防衛力(軍事力)の重要性が高まっているということは、一部の専門家や官僚だけでなく、1人ひとりの国民にとっても、それを知り、考える重要性が増してきているということでもある。

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そうした問題意識から、拙著『日本で軍事を語るということ -軍事分析入門』(中央公論新社)では、これまで、国際政治における軍事力の役割、国家にとってのステートクラフトとしての軍事力の意味、実際に軍事力が行使される「戦い」の局面ではどのようにそれが使われるのか、そして戦略を分析する方法と現在の日本の方向性について論じてきた。この章の最後に、いま日本人は、具体的に、日本の安全保障や防衛(軍事)について何を考えていかなければならないのかに、触れておこうと思う。
この点についても、日本はこの10年で大きく変わってきている。10年前、つまり平和安全保障法制が制定されるよりも前は、実際の政策論はほとんどなく、日本の安全保障政策に関する「制度」のみが議論されていたのである。
筆者は当時「5点セット」と呼んでいたが、この頃は、5つのことさえ言えていれば、メディアなどからは安全保障の「専門家」と見なされた。その5つとは、
「日本は集団的自衛権を行使すべきだ」
「日本版NSC(安全保障会議)を設立すべきだ」
「日本は武器輸出政策を緩和すべきだ」
「日本は打撃力(現在では反撃能力と呼称する)を持つべきだ」
「日本は非核3原則の3つめ(持ち込ませず)を変えるべきだ」
といった主張である。
制度の見直しの先にあるもの
これらの論点は、実際には「制度」、すなわち安全保障政策の決定過程や安全保障政策を実行する上での手段における改革を求めるものであって、具体的に日本としてどのような安全保障政策を追求すべきかについての議論ではなかった。それらが実現したあと、どのような戦略を進めていくかについての議論は欠落していたのが実情であった。
そして、現在ではそれらの改革のほとんどは実現した。

集団的自衛権については平和安全保障法制に伴う集団的自衛権の限定行使という形で、日本版NSCについては国家安全保障局設立という形で、武器輸出政策については防衛装備移転3原則という形で、打撃力については2022年12月の戦略3文書に伴う決定という形で、非核3原則の3つめの「持ち込ませず」については、2010年の岡田克也外相の「核搭載米艦船の一時寄港を認めないと、日本の安全が守れないならば、その時の政権が命運を懸けてぎりぎりの決断をし、国民に説明すべきだ」という答弁という形によって、である。
「制度を見直すべき」という主張はそれほど難しくない。制度はあくまで、政策論の「入口」に過ぎない。いま必要なのは、日本の安全保障と地域の安定を達成する上で必要な政策課題そのものを深く議論し、使用可能な政策手段を組み合わせていくことである。そのため、現在では、安全保障を議論する上で必要な知識と知見のレベルが、10年前に比べてはるかに高くなっている。
どれくらいの規模の防衛力が必要か?
その前提の上で、いま日本人が考えておかなければならない論点を3つ挙げておきたい。
第1の論点は、どれくらいの規模の防衛力が必要か、という点である。これは、「ハウ・マッチ・イズ・イナフ」として、米国の軍事戦略を巡る議論でも頻繁に論点になるものである。安全保障環境の悪化に対応して、日本は防衛費を大幅に増額する決定をした。この増額された防衛費が、適切かつ的確に使われるのか、そしてどの程度の防衛費の規模が、今後の安全保障環境において必要になるのか、こうした点についての議論を深めていかなければならない。
まさにこの点において必要になるのが、軍事問題に関する知識である。

海上自衛隊・いずも型護衛艦
日本周辺で有事が発生した場合、主要な戦いは航空戦と海上戦となるだろう。その中で、どのように航空優勢と制海権を確保するのか、そのためにはどのような形で探知―攻撃サイクルを構築する必要があるのか、3自衛隊および米軍との間の指揮統制はどうあるべきなのか、そういった論点を考慮しながら、どれくらいの規模の自衛隊を構築していくことが必要なのか、といった議論が必要になる。
そして、国家予算の中でどの程度の防衛費を投入するのが適正なのかも考えていかなければならない。例えば、2022年12月の戦略3文書で防衛費を増額すると決める前は、防衛費は社会保障費の約6分の1から約8分の1、公共事業費の約半分といった割合で支出されていた。防衛費が今後、ほぼ倍増していくということは、公共事業費とおおむね同じくらいの水準になるということでもある。
こういった、他の支出項目との比較も考えた上で、日本としてどの程度を防衛費に支出するべきなのか、これは納税者としての国民の1人ひとりが、主体的に考えていかなければならないことである。
#2へつづく
『日本で軍事を語るということ -軍事分析入門』(中央公論新社)
高橋杉雄

2023年7月24日
1925円(税込み)
272ページ
978-4-12-005679-6
ウクライナ侵攻が露わにした「大国間大戦争」時代の到来。中国、北朝鮮――日本の安全保障環境が厳しさを増す中、いま必要な軍事知識とは。日本の防衛政策の第一人者による、軍事を理解するための入門書。
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