数々の名作映画を生み出してきた映画大国イタリア。しかし、韓国映画やフランス映画に比べて、ここ最近のイタリア映画はほとんど知らないという人も多いだろう。
20年以上続くイタリア映画祭を立ち上げ、2月17日に『永遠の映画大国 イタリア名画120年史』を刊行した日本大学芸術学部映画学科教授の古賀太氏が、大ヒット作から知られざる名作まで、21世紀のイタリア映画の傑作10本を紹介する。
『ベニスで恋して』(2000)Pane e tulipani
上映時間:1時間55分/イタリア
監督:シルヴィオ・ソルディーニ
出演:ブルーノ・ガンツ、リーチャ・マリエッタ
1958年生まれのソルディーニ監督は、普通の人々の出会いと別れをさりげなく描くことに長けている。この映画は偶然にヴェネツィアに行ってしまったローマの主婦(リーチャ・マリエッタ)が、そこでトラットリアの主人(ブルーノ・ガンツ)と知り合うほのかな恋物語。
原題は「パンとチューリップ」という意味だが、これは明らかに1950年代から盛んになった「バラ色のネオレアリズモ」(※)の代表作『パンと恋と夢』(ルイジ・コメンチーニ監督、1953、邦訳は原題通り)を意識している。つまり、平凡な庶民の日常の細部をリアルにユーモアたっぷり描いた伝統的な作品である。
※ 現実を客観的に描き、ドキュメンタリー風に描写する「ネオレアリズモ」の影響を受けた喜劇。
『夜よ、こんにちは』(2003)Buon giorno, notte
上映時間:1時間45分/イタリア
監督:マルコ・ベロッキオ
出演:マヤ・サンサ、ルイジ・ロ・カーショ、ロベルト・ヘルリッカ
1939年生まれのベロッキオ監督は、ベルナルド・ベルトルッチ監督と共にイタリアの「ヌーヴェルヴァーグ」と呼ぶべき存在だ。最初の長編『ポケットの中の握り拳』(1965)以来、ブルジョア家庭の崩壊を描いてきたが、今世紀になってからは現代史の闇に挑んでいる。
この作品は1960年代後半から80年代までのイタリアでテロが横行した「鉛の時代」の最大の事件、1978年のモーロ元首相誘拐暗殺事件を描く。「赤い旅団」テロリストたちの異常な心理の展開と、象徴的な表現の連続に最後まで目が離せない。

21世紀のLGBTQを自然に見せるティモシー・シャラメの出世作、カンヌのグランプリ作品、ドキュメンタリー初の快挙……21世紀の傑作イタリア映画10選
2月17日に刊行された新書『永遠の映画大国 イタリア名画120年史』。イタリア映画祭を立ち上げた、著者の古賀太によるイタリア映画の歴史に残る傑作10選を紹介する。
『永遠の映画大国 イタリア名画120年史』より

『家の鍵』(2004)Les chiavi di casa
上映時間:1時間51分/イタリア=フランス=ドイツ
監督:ジャンニ・アメリオ
出演:キム・ロッシ・スチュアート、シャルロット・ランプリング
1945年生まれのアメリオは83年にデビューし、「鉛の時代」の後の世代の孤独な生き方を描いた。この作品は、15年ぶりに障害のある息子と再会する父親(キム・ロッシ・スチュアート)の複雑な心境を丁寧に見せる。
同じような子供を持つ女(シャルロット・ランプリング)のすべてを見通したような存在が効いている。原作はジュゼッペ・ポンティッジャの半自伝的小説『明日、生まれ変わる』だが、実際には幼い頃に父親と別れて少年期を父親なしで生きた監督自身の経験が濃厚に反映されている。
『ゴモラ』(2008)Gomorra
上映時間:2時間15分/イタリア
監督:マッテオ・ガッローネ
出演:トニ・セルヴィッロ
1968年生まれのマテオ・ガッローネと1970年生まれのパオロ・ソレンティーノは2000年前後にデビューして国際映画祭での受賞を続けた、今世紀のイタリア映画の星である。ガッローネはマイナーの人々を詩的な感性で描くことが得意だったが、この作品ではイタリアの闇に挑み、カンヌ国際映画祭で審査員グランプリを得た。
原作はロベルト・サヴィアーノのノンフィクション『死都ゴモラ』で、作家はナポリのギャング組織「カモッラ」の実態を描いたことで脅迫を受けて警察の管理下で暮らしている。映画は原作から5つのエピソードを選び、カモッラに操られて犯罪を繰り返してゆく人々を手持ちカメラで描く。これほど暗澹たる気持ちにさせられる映画は珍しい。
『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』(2013)Sacro GRAS
上映時間:1時間35分/イタリア=フランス
監督:ジャンフランコ・ロージ
1964年生まれのジャンフランコ・ロージは80年代からドキュメンタリーを撮っていたが、この作品はヴェネツィア国際映画祭でドキュメンタリーとして初めて金獅子賞を得て、燦然と国際舞台に登場した。
原題は「聖なるGRA」でGRAとはローマの「環状高速道路」を意味する。そこは市内と郊外の境界線で、モダンなアパートが立っている地区だ。映画はそこに生活する救急隊員、植物学者、年老いた俳優、夢を追う若者などさまざまな人々の日常を克明に見せて、現代イタリアの抱えるさまざまな問題を浮き彫りにした。撮影に2年間かけたという映像が、見ているうちに心に沁みてくる。
『イル・ディーヴォ 魔王と呼ばれた男』(2008)Il divo
上映時間:1時間50分/イタリア=フランス
監督:パオロ・ソレンティーノ
出演:トニ・セルヴィッロ
ソレンティーノ監督は、華麗な映像を駆使して現代イタリアの諸相をどこか現実離れした神話のように構築する。この映画では、首相を7回も務めて戦後イタリア保守政治の権力そのものだったジュリオ・アンドレオッチの闇に包まれた生涯を見せてくれた。
マフィアを始めとする怪しい人々と公然と付き合いながらも、常に政治の中心にいる、ふてぶてしい存在を怪優トニ・セルヴィッロが体現し、その磁力によって周りのすべてが引っ張られていくさまを流れるような映像で見せ切る。

『君の名前で僕を呼んで』(2013)Call me by your name
上映時間:2時間10分/アメリカ=フランス=ブラジル=イタリア
監督:ルカ・グァダニーノ
出演:ティモシー・シャラメ、アーミー・ハマー
21世紀に国際的に活躍するイタリアの監督の大半はカンヌを始めとする国際映画祭の受賞組だが、1971年生まれのルカ・グァダニーノは世界の映画ファンに支持される形で自らの道を切り拓いた。
最初の長編『ザ・プロタゴニスツ』(1999)はロンドンで映画を撮影するスタッフたちを描いたものだが、ティルダ・スウィントンが彼らを導く役でナレーションも兼ねている。
この無国籍な雰囲気はその後も続き、本作では舞台は北イタリアだが原作はジェイムス・アイヴォリー。演じるティモシー・シャラメはアメリカ人の学者の父とフランス出身の母を持ち、父の教え子の男子大学生に恋をする設定で、英語を中心にイタリア語、フランス語が飛び交う。国境を越えて21世紀のLGBTQを自然に見せる新しいイタリア映画。
『歓びのトスカーナ』(2016)La pazza gioia
上映時間:1時間56分/イタリア=フランス
監督:パオロ・ヴィルズィ
出演:ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ、ミカエラ・ラマッツォッティ
1964年生まれのヴィルズィ監督は、1990年代から集団の中で自由を求めて踏み出す人々をユーモアたっぷりに描いてきた。今回はトスカーナの精神を病む女性たちが住むコミュニティから飛び出す2人の女性が主人公。
イタリアでは精神病院が廃絶されており、この映画のような共同生活施設が多い。セレブ気取りのベアトリーチェ(ブルーニ=テデスキ)は心を閉ざす新参のドナテッラに興味を持ち、彼女と共に施設を抜け出して車で逃げる。アメリカ映画の『カッコーの巣の上で』や『テルマ&ルイーズ』を思わせる大胆で爽快な女たちの物語。
『幸福なラザロ』(2018)Lazzaro felice
上映時間:2時間5分/イタリア
監督:アリーチェ・ロルヴァケル
出演:アドリアーノ・タルディオーロ
1980年生まれの女性監督、アリーチェ・ロルヴァケルは3本の長編がすべてカンヌ国際映画祭に出品され、既に巨匠の域に達している。日常を丹念に描きながらいつのまにか神話的世界に紛れ込む手法は、21世紀のネオレアリズモと言えるかもしれない。
この作品は二部構成で、前半は既に法律で禁止されている小作農制で生きる山奥の農民たちを描くが、中心となるはお人好しで仕事を押し付けられるラザロ。彼の誠実すぎる生き方はふとしたことから警察の介入を招く。
それから十年以上がたって、ラザロはかつての農民たちに再会するが、彼らはヤクザまがいの仕事に従事していた。なぜかラザロだけが昔と同じ風貌で、みんなが抱える問題を次々に解決してゆく。現代における「聖なるもの」を追求した美しい作品である。
『マーティン・エデン』(2019)Martin Eden
上映時間:2時間9分/イタリア=フランス
監督:ピエトロ・マルチェッロ
出演:ルカ・マリネッリ
1976年生まれのマルチェッロ監督はロルヴァケルと同じく、3本しか映画を撮っていないが、彼女に近い魔術的なレアリズモを見せてくれる。
日本で公開された『マーティン・エデン』は、イギリスのジャック・ロンドンの同名小説をイタリアに置き換えたもので、無骨な船乗りのマーティン(ルカ・マリネッリ)が偶然に金持ちの娘に出会い、文学に目覚めて小説家になるさまをロマンチックにかつ象徴的に見せる。
猪突猛進のマーティンのシーンの合間に挿入されるのは、ナポリの人々の生き生きとした姿。さらに禁止された本を焼く焚書の場面などのアーカイブ映像も混じる。それらが「大いなるナポリ」としてマーティンの存在を見守り支える。粒子の粗い16㎜の映像と濃い色彩が目に焼き付いて離れない。
文/古賀太 写真/アフロ
永遠の映画大国 イタリア名画120年史
古賀 太

2023年2月17日発売
1,100円(税込)
新書判/256ページ
978-4-08-721254-9
【豊かな映画文化はなぜ生まれたのか?】
『無防備都市』『自転車泥棒』『道』『8 1/2』『情事』『山猫』『荒野の用心棒』『木靴の樹』『ニュー・シネマ・パラダイス』『ライフ・イズ・ビューティフル』『君の名前で僕を呼んで』……。数々の名作を生み、日本でも絶大な人気を誇るイタリア映画。
アメリカやフランスに比べて、その文化の全容が語られる機会は少ないものの、世界の映画史に大きな影響を与えてきた。本書ではイタリア映画の歴史を、19世紀から現代までの120年を、約800の作品とともに通覧。「イタリア映画祭」を立ち上げた著者がその豊かな文化的土壌と、映画の本質を明らかにする。
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『永遠の映画大国 イタリア名画120年史』より
