隠された“無罪”の証拠

また更に重大なことに、実は林眞須美さんに決定的に有利となる証拠が存在していたというのです。林さん宅で押収された亜ヒ酸の缶。この缶の亜ヒ酸の分析結果は、カレーに混入されていた亜ヒ酸とは別物だとわかるものだったのです。

ということは、林家の人間は犯人ではないという証拠になります。この証拠の存在を中井鑑定人はもちろん、和歌山県警、科警研、和歌山地裁も把握した上で隠蔽していたというのです。

警察、検察、裁判所、鑑定人全ての人たちが無実の証拠を隠蔽し、共謀して一市民を絞首台に連れて行こうとしていたことがわかります。

これらの事実を知って、私は茫然としました。私たちも警察、検察、裁判所らと一緒に無実の人間を死刑判決に追い込んだ、いや、私たちマスコミが先頭に立ってミスリードしたのです。

そのせいで一人の人間が死刑囚となり、その娘と孫は命を落とすという悲劇を生んだのです(林夫妻の長女は、自分の子どもと共に飛び降り自殺をしました)。私たちマスコミは一体何を見ていたのだろうか。“冤罪”を作り出しているのは、私たちマスコミなのではないか。

大きな事件が起こると、マスコミは怒涛のように報道合戦を繰り広げるのですが、数か月すると別の事件に飛びついていきます。新たな興味をそそるような事件が起これば、視聴者もそれを求めているのですから当然なのかもしれません。

このことは私も内部にいて致し方ないと思っていました。しかし、数々の冤罪事件の構図を知っていくにつれ、そんな考えは大きな過ちであると気づきました。

テレビ報道はもっと事件後の経過を報道すべきです。たとえそれが、自らの報道の誤りを認めることになったとしても。そうしなければこの冤罪を起こす体質は決して変わることはありません。

マスコミが逮捕後の経過を報道しないから、裁判で虚偽が発覚しても検察も警察も反省することなく、冤罪作りを繰り返しているように思えるのです。

「不正鑑定」を著したこの河合教授は、この事件にかかわる前は、林眞須美さんを犯人だと思っていたといいます。しかし、事件の鑑定にかかわるようになってから虚偽や捏造ばかりを目の当たりにし、その結果として「カレーヒ素事件で林真須美は無実だ。冤罪だ。亜ヒ酸は別物だった」(『鑑定不正 カレーヒ素事件』 P205)と断言するようになったのです。

当時、和歌山カレー事件に少しでも関わったテレビマンには、この本をぜひ読んでいただきたい。いや、読まなくてはいけません。知ることで自らの過ちを認め、そして無実の人間を救い出すことに尽力することだけが、ミスリードした罪を償う唯一の方法だと思うのです。