「リンドグランド」のゲームデザインの魅力

米光 だから僕は「リンドグランド」はすごくいいゲームだと思ってますよ。隊長は〈俺の敵は神ですw〉と言ってるし、作中でもセオゴーが金の亡者であることも匂わせているけど、KPI(重要業績評価指標)とか気にしていたらもっと違うゲームになっていると思います。1イベント30分のゲームなんてつくらないだろうし、セオゴーはゲーム的な信念を持ってつくっている人だと思いました。
 だから隊長が、地形の違和感から隠し通路を見つけて攻略法にたどり着く時、喜んでほしいなと思ってしまった(笑)。設計を恨まずに、うわーすごいの見つけた! よーし! と。

山本 そうそう! 「いいね!」と言って欲しかった(笑)。

米光 でも隊長は「こんな世界ダメだ」って言うわけですよ。
 「リンドグランド」では攻略法が見つかったのがわかったら、タイムアタック的なイベントを始めますよね。先人が攻略法をみつけて、攻略wikiができて、それを見ながらプレイする後進もいて……という、ソーシャルゲーム特有の「ゲームの外でもコミュニケーションをする文化」込みでつくられている。セオゴーがゲームを「製作者とプレイヤーの対話」と言っていることを、橘は批判的に見ていますけど、僕はセオゴー凄いぞ、と。

山本 私はセオゴーの胡散臭い印象につられて、ちょっと橘の見方に共感しましたが、「リンドグランド」の描写に接するほど、「セオゴーは対話しようとしてるわ」と思い直しました(笑)。最初はなんの役に立つかわからなくて、むしろ要らないんじゃないかとさえ思われたスペシャルアイテムが最終的に……というのも、なかなかのゲームデザインですよ。

米光 感情を盛り上げるデザインをしている。このゲームやりたいです。相当考えてつくられてます。セオゴーもユーザーとすごい対話をしていますよ。

倉本 プレイヤーたちが「迎撃団員」と呼ばれていますよね。要するに空から降って来るものに対抗していく存在。探索者ではなく、迎え撃つ側というのは、この作中の世界観をよく表しているなと思いました。

山本 本当ですね。次から次へと難問が降ってきて、それをどう迎え撃つかでおおわらわになって、やっているうちに訳がわからなくなっていったりして。

倉本 セオゴーが神と呼ばれているのも、どちらかといえばリスペクトの対象としての神というよりも、厄災をもたらす意味での神が近いんだろうな。

対戦の「実感」を保存する言葉

山本 今のソーシャルゲームとプレイヤーについてここまで描いている小説って、あまり見かけない気がします。ゲームのルールや遊んでいる様子に留まらず、ゲームプレイの体験とはいかなるものかまで書いている。

米光 ゲームそのもののアーカイブはできても、プレイの体感は保存ができない。特にソーシャルゲームでは、その時にみんながどういうふうに遊んでいたのかという実情が恐らくあっという間に消えてしまう。数年前のアーケードゲームを、みんながどんな感覚でやってきたのか、ゲーセンにどう通ってきたのかも失われつつありますから。そんな中で、ソーシャルゲームのMMORPGがこれだけ描写されている、しかもプレイヤー側からというのは、貴重。
 今までのゲーム小説は、ゲームの世界の中に入り込んだり、あるいは『盤上の夜』のように将棋のすごい才能を持った人が、原爆が落ちても指し続けるドラマだったりで、一般の人たちが生活の中で普通に遊んでいる様子は長嶋有さんが書いてるぐらいで、あまり描かれてこなかった。

倉本 そうなんですよ。ゲーム小説の多くはゲームがメインになることで、日常があまり奥行きをもって書かれない。皆さんがおっしゃっていたように、結局ゲームもリアルなんだと言うためには、日常を書かないといけないですけど、実際の作中ではどうしても日常のボリュームが少なくなってしまう。

米光 日常を書くためにはこの小説のように、いろんな層が複雑に絡み合うことになるから、書く側も大変だと思います。ノイズになっちゃうと思うので。それをノイズではなく、多層に絡み合う物語として詰め込んでいる。よくぞ書いていただきましたという感じ。

倉本 ゲームについての情報を書くのであれば、一週間や二週間で書けるかもしれませんが、ゲームしているところを書くにはまさに「一年と三十万字」ないと書けない。

山本 本当にそうですね。ゲームの中で起きていることだけでなく、日々の暮らしの中でどんなふうにゲームで遊んでいるのかが書かれている。暮らしの一部としてゲームプレイがある。そこまで含めると、プレイ体験はゲーム中だけに留まらなくて、かなり複雑な出来事になってきますよね。『フィールダー』では、そうしたことを細やかに描写しています。

倉本さおり×山本貴光×米光一成  古谷田奈月『フィールダー』をめぐる、ディープ・ダンジョン・ディスカッション【前編】_4
作中のディテールの一つ一つに身につまされたという山本さん。

倉本 あとパーティーにいる女性、ハチワレと未央の会話も、細部まですごくリアリティがあります。ハチワレは二児の母で、子育てしながら夜ゲームに参加している。その間も子どもや夫に呼ばれたり、本当はいろいろあるんでしょうけど、そのたびに「ウンコ行ってくる」とおっさんみたいな物言いでサバサバキャラを演じていたり、そのあたりの機微の描写もすごい。ガチャでレアアイテムが当たったときのチャットの変なテンションとかリアルすぎる。

米光 たぶん、古谷田さんはガチでゲームをやっている人だよね。やってないと書けないですよ。

――(担当編集)古谷田さんはかなりゲームをやりこんでいらっしゃるようです。

倉本 やっぱり。読んでいて、これは絶対にガチゲーマーだと思いました。

山本 リアルすぎて困っちゃう。琴線に触れすぎると言いましょうか(笑)。

米光 今回はゲームのことをお話ししましたが、いろんな角度から読書会をしてみたい本ですよね。いろんな人が、どんな立場で読むのかちょっと知りたい。

山本 読書会いいですね。他の人がどう読んだかを聞いてみないと、この小説に触れて自分が抱えたものを一人では処理しきれない気がするな。というわけで、パーティーを組んで読むとよさそう。

倉本 この本にはパーティーを組んで挑め。いい言葉ですね!

【後編へ続く】

関連書籍

倉本さおり×山本貴光×米光一成  古谷田奈月『フィールダー』をめぐる、ディープ・ダンジョン・ディスカッション【前編】_5
フィールダー
著者:古谷田 奈月
集英社
定価:本体1,900円+税

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