勉学、射撃、乗馬……成長していく少女

二年あまりのファゼンダ暮らしで、フサノは日本で女学校に行ったくらいの学力を身につけていった。最初の半年が過ぎるあたりから、末廣叔父が難しい日本語の読み書きを、日本から送られてくる何カ月か遅れの雑誌を教科書代わりに教えてくれた。算術も習った。

ほかの家族の子弟も加わり、小屋の外のむしろの上で車座になって勉強した。ちょっとした寺子屋だった。ポルトガル語は監督の配下のブラジル人たちをつかまえては教わった。

現地の小学校で使っている教科書を持ってきてくれたから、難しい言葉はともかく、日常会話と基本的な読み書きもできるようになった。フサノの十四歳の脳みそは、ありとあらゆる知識を海綿のように吸収していった。

日本の女学校に行っても絶対に教わらないことも身につけた。ひとつは家畜の解体法、いまひとつは射撃と乗馬である。

前に述べたように、移民の家には護身用と狩猟用を兼ねて必ず猟銃があったが、末廣は拳銃も手に入れていた。甲種合格で二年間の兵役に行った末廣は、射撃が得意だった。日露戦争で活躍した三十年式歩兵銃を撃ったというのが自慢だった。

単発式だった日清戦争当時の村田銃と違い、列国の小銃なみに五発の銃弾を素早く撃つことができた。末廣は猟銃を撃つときは伏射するように言った。

フサノには猟銃は重く、狙いが定まらなかったからだ。暗夜に霜の降る如く、と帝国陸軍式の引き金の落とし方を教えられた。それだとガク引きにならないから地面を撃つこともない。

中古品を安く買ったらしい拳銃は使い込まれ、角が擦れていた。銃把と呼ばれる握り手の部分にはS&Wの文字が刻まれ、レンコンのような形の弾倉には六発の弾丸が込められていた。両手で銃把をしっかり握り、銃身先端の照星の延長線上に目標を捉える。

教えられたとおり静かに引き金を落としたつもりだったが、フサノは反動で尻餅をついてしまった。末廣叔父が愉快そうに笑った。

フサノは馬とも仲良くなった。ファゼンダには馬車を引くための脚の太い大型と、監督たちが乗っているスマートな馬の二種類がいた。どちらも優しい目が愛おしかった。フサノが乗りたそうにしていると、ファゼンダの使用人たちは快く鞍に押し上げてくれた。

こんな時、子供は得だ。やがてフサノはファゼンダの中を馬で駆け回るようになった。ちゃんと仕事をしていたので、監督や末廣叔父に叱られることはなかった。

ブラジルに移民した13歳の少女が見た、赤い大地に拓かれたコーヒー農園_2
成人後の小川フサノ。ブラジルの後、大阪、横浜、上海で暮らし、日本に再帰国後、東京で女性実業家として成功した昭和十年代、日本橋界隈にて。

叔父夫婦との二年間は、農作業や家畜の世話、炊事、洗濯などに追われる中で想像した以上に早く過ぎていた。

ファゼンダ暮らしの間に、フサノの身体は女らしくなっていた。男たちの視線が服の上から身体をなめ回していく。農作業が終わり、小屋の下の川で身体を洗うときも、物陰からのぞく視線を感じた。

フサノに視線を投げたのは男たちばかりではなかった。女らしさを増していくフサノに、叔母のツノは感情を爆発させるようになっていた。夫の末廣と姪のフサノが男女の関係になりはすまいかと、気を揉んでいることがわかった。末廣は意識してフサノを他人行儀に扱うようになった。

娯楽などないファゼンダでは、構成家族として同居している親類縁者の若い娘に家長が手を出し、妻との間で刃傷沙汰に及ぶことも稀ではなかった。フサノは末廣から手を出されることはなかったが、ツノが自分たちの間柄を疑っているからには、無事に済むとは思えなくなっていた。

文/小川和久

「アマゾンおケイ」の肖像
小川 和久
ブラジルに移民した13歳の少女が見た、赤い大地に拓かれたコーヒー農園_3
2022年9月26日発売
2,310円(税込)
四六判/368ページ
ISBN:978-4-7976-7416-3
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