ひとつひとつ、納得感のある形に再構成

――一話目は、放火事件で有名な「八百屋お七」。ここでは、お七に届く恋文が和歌になっています。この和歌がかなり重要な役割を果たしますよね。

周防 ちょうど原作でも、色男として名高い在原業平(ありわらのなりひら)の名前がチラッと出てくるので、和歌を使いつつ何か展開するのもおもしろいなと思ったんです。お七はちょっと文学少女っぽい雰囲気にして、大好きな吉三郎のことを心のなかで「業平さん」と呼んでいる。原作のワードを生かしつつ、和歌を物語のトリガーに使いました。

――お七が火をつけた理由も原作とは大きく異なるものの、なるほどなと思いました。

周防 この事件はかなり謎だと私は思っていて、どうしても納得のいく結末がほしかったのですごく頭をひねりました。原作では、お七が吉三郎と会ったのが火事のあとの避難所だったから、もう一度火事が起きればまた会えると思って火をつけたとなっている。でも、いくら何でも、天和(てんな)の大火という実際にあった大火事のあと、すぐに放火するって考えにくいじゃないですか。お七は史実でも放火罪で火刑にされているので何とも言えないけれど、いくら思い余っても、火をつけて自分も火あぶりになってどうするのって思いますよね。それで、全体で見るとちょっとトラジコメディー的な、そんな結末になりました。

――次の「おさん茂兵衛」では、原作に比べて、駆け落ちする二人の恋の純度が増し、至高の逃避行になっています。

周防 実は、近松門左衛門もこの話を『大経師昔暦(だいきょうじむかしごよみ)』という浄瑠璃にしていて、それが『近松物語』という名前で映画になっているんです。結構脚色してあるんだけど、こちらは純愛のいい話なんですよ。「おさん茂兵衛」を書き始めたとき、それがすごく頭にありました。おさんには大経師をしている中年の嫌な亭主がいて、手代の茂兵衛は若くて純粋でかっこいい。もう絶対こっちを好きになるよねっていう男。だからこれは、嫌な亭主の目を盗んで織り成される若くてきれいな二人の純愛という、王道の不倫話にしました。この五話のなかでは一番まともかもしれませんね。

――駆け落ちには下女のお玉も随行しています。三人の道行きというのも珍しいですよね。

周防 本当は二人の道行きにしたかったんだけど、実際は三人で行っているのでね。この事件は、いつどこに逃げて、そこに何日いて、いつ捕まった、という詳細な記録が残っているんです。お玉も不倫幇助(ほうじょ)の罪で処刑されているから、随行していないとおかしいし。近松の映画では二人にしていたけれど、ここはあえて三人にしてみました。

――三話目の「樽屋おせん」はかなり大胆にアレンジされていますが、上質なサスペンスドラマのような一篇でした。

周防 これがすごく難しくて。原作ではおせんと、夫になる樽屋、二人の伊勢参りの話がかなりの割合を占めていて、不倫相手の麴屋長左衛門の説明はほとんどない。悩んだ結果、伊勢参りはモチーフとして残し、思いきって全然違う話に再構成しました。これだけ伊勢参りの話が長いということは、実際も何かがあって、隠喩として入れているのかもしれない、と思ったんですよ。
 あと、樽屋が長左衛門を殺す動機も薄すぎるんですよね。浮気現場を目撃して、裸で飛び出したところで刃傷沙汰、というのは本当だろうけど、よほど何かカッとなる要素がないとおかしい。温厚な亭主を一瞬で怒らせるようなドラマがね。それでいろいろと考えた結果、浮気がいかにしてばれるかというサスペンスのような話になりました。

――不倫相手の長左衛門の悪い男っぷりも、何とも言えない引力になっています。

周防 私も嫌いじゃないですよ。こういう男っておもしろいなと思うし、実際悪いやつとかダメな男に惚れちゃうんでね。いい人は結婚するには向いているかもしれないけど、ダメと思いながらも好きになっちゃうのが恋じゃないですか。いつの世も破滅に至る恋は相手選びに難がある。だって樽屋はすごくいい亭主なわけで、この男に惚れときゃいいのに、やっぱりそう簡単にはいかないんですよね。

――長左衛門の妻のお梶も、原作より大きな役割を担っていますね。

周防 第三の女を入れたかったんです。原作では、麴屋での法事のちょっとした場面で、妻が夫とおせんの不倫を疑ったというんだけど、どうも不自然で。これも、本当のことが書けないからガラッと変えているんだろうなと。妻はここで一瞬登場するだけなんだけど、逆にそれが際立って見えた。わずかにでも出したことに何か意図があったのではと思ったんです。それで、そこをふくらませてみました。

――次の「お夏清十郎」でも、お夏の兄嫁であるお綱がとても重要な存在になっています。

周防 そうそう、原作では少ししか出てこないんだけど、ここでも第三の女を入れたくて。やっぱり、外からの目線、状況を説明させるキャラクターが必要になってくるんですよ。私のト書きじゃダメなので。いろんな方法があるんですが、ここでも兄嫁の役割を大きくして、舞台回しをしてもらいました。

――原作の「向かい通るは清十郎でないか」という唄も印象的に入っていますね。

周防 お夏と清十郎はカップルとして有名で、この唄は今も俚謡(りよう)として歌い継がれているし、お祭りや舞踊もあるんです。それでこの唄や、原作の、振袖を引きずって歩くお夏と菅笠で道行きする清十郎、美男美女の組み合わせは絶対に残したいなと思っていました。でも、やっぱりこれも話としては謎が多い。清十郎は但馬屋の久右衛門(久左衛門)のところで奉公していた。久右衛門の妹がお夏で恋仲になるわけだけど、駆け落ちして清十郎だけが死罪になる。確かに主人の妹ではあるけど、普通はこれでは死罪にならないし、片方だけ罰せられるのも妙。それで、納得のいく話にしなきゃという一心で、久右衛門やお夏の造形はかなり変えましたね。

噓のなかに真実がある

――最後の「おまん源五兵衛」は、そこに続けて「または、お小夜西鶴」というタイトルがついているように、西鶴自身の話になっています。話のスケールも一段大きくなり、圧巻のラストでした。

周防 ここも他と同様、単に「おまん源五兵衛」を新解釈で書く、というほうがシンプルだったんですが、そうできなかったんですよ。というのは、他の四話は一応ベースとなる実話があるんですが、これはたぶんない。作中にも書きましたが、おそらく、四話では収まりが悪く、一話足して祝儀話で締め括るために、西鶴が創作したものだと思うんです。この話だけ奇妙なハッピーエンドになっているし、舞台も薩摩。そんな遠くを舞台にしている時点で明らかに実話じゃない感じがしますよね。そうなると、他の四話のように書くのは難しくて。
 もともと最終話で、四話までの種明かしみたいな話をしようというプランはあったんです。それで、せっかくならそこに「おまん源五兵衛」のエッセンスや、西鶴何する者ぞ、というのを入れてみようかなと思ったんですよね。

――周防さんの考える西鶴がとても生き生きと描かれていて引き込まれました。西鶴像をこのような造形にした理由は何なのでしょうか。

周防 西鶴の生い立ちってほとんどわかっていないんですよ。裕福な家の商人だったと言われていますが、何の商売かも不明だし。でも『好色一代男』とか、書いた作品からして、その手の世界に詳しかったことは明らかだし、女色と男色、両方に通じていたことも確かなんです。それで、母が遊女で西鶴だけ妾腹(しょうふく)という設定にしました。裕福な家なら父親が遊女を身請けしたことも考えられますしね。
 西鶴は三十四歳のときに妻に先立たれるんですが、ここで剃髪し、法体(ほったい)になっている。死んだ女房にすごく惚れていたという話もありますが、何もかも捨てて法体でというのもちょっと不思議で。きっとそこに何かあったんだろうなと。それでこの話は、「おまん源五兵衛」とも通じる自身の半生を西鶴が書く、ということにしました。もちろん、まったくの私の想像です。ここは考えるのが大変で、他と比べて二倍手間がかかったけれど、結果的には全体を包む風呂敷的な話が作れたので、よかったなと思います。

――終盤の「わかってるつもりでわかってなかったことが、いまごろわかった」という西鶴のセリフも、どこかこの物語全体を包括している印象があります。

周防 わかっていても明文化できなかったことに、書いてみて初めて気づくことってありますよね。それを西鶴に言わせてみました。西鶴はかなりニヒルな人だったと思うんですよ。でも、そうなるまでにはきっと過酷な体験があって、自衛のためにそういうパーソナリティを作り上げたのかもしれない。西鶴は書くことによってそれに気づいた。そして、恋に身を滅ぼした町の女の話を書いてみて、初めて自分の女房の心にも気づいた。そういうオチになっているといいかなと。

――浮世草子について西鶴が語った「ほらの中にまことがある。それを書くのがわしの仕事や」という言葉にも、非常に重みと含蓄を感じました。

周防 たとえば、歴史上の実在の人物の話をまったくの創作で書いたとしても、そこに説得力があれば、読者は「実はこっちがほんと?」となると思うんです。説得力のある華麗な噓をつく─それが我々の仕事であり、エンタメ文学や小説の真髄だと思うんですよね。西鶴の書いた浮世草子もそういうものだったのではないかと思うし、今の人が見たら不可解でも、当時の人にはすごくリアルだったのかもしれない。だからきっと西鶴も、そんな気概で書いていたに違いない、そう思います。私自身、全然その境地には至れていないんですが、ずっとそこを目指して書いてきたし、これから先も目指していきたいと思っています。

「小説すばる」2022年10月号転載

関連書籍

「エンタメ小説の要は説得力のある華麗な噓」『うきよの恋花 好色五人女別伝』著者 周防 柳インタビュー_3

うきよの恋花 好色五人女別伝
著者:周防 柳
集英社
定価:本体2,000円+税

オリジナルサイトで読む