戦禍のウクライナからたったひとりで闘いにきた美女格闘家の信念_5

「国の状況を言い訳にしたくない」という信念

アナスタシア選手はRENAと対戦した7月末の来日時、記者会見で「国の状況に言い訳を作りたくないんです」と力強く語っていたが、戦時下においてすらトレーニングができないのは「言い訳だ」と言い切っている。逆境に立たされても、決してネガティブな発言はしない。どこまでもポジティブなその姿勢が、彼女を支えている信念だった。

一方で遠く離れた母国は、目を覆いたくなるような現実に直面していた。

「私のジムがあるイルピンはとても激しい攻撃を受けた街で、破壊されたビルが多かったです。攻撃はキーウにもあり、同じく建物が損壊しました。空襲警報は今も頻繁に鳴っています。私が住んでいた場所がこのような惨状に置かれ、それを目の当たりにするのはとても辛かったです」

戦禍のウクライナからたったひとりで闘いにきた美女格闘家の信念_30
砲撃されたキーウ近郊の都市、ブチャの民家 撮影/水谷竹秀

戦争勃発後、キーウ近郊のイルピンでは、ウクライナ軍とロシア軍が激しい戦闘を繰り広げていた。ビルの窓ガラスはバリバリに割られ、至る所が砲撃で黒焦げになった。ショッピングセンターも大破して鉄骨がむき出しになり、瓦礫の山と化していた。路上に放置されたロシア軍の戦車や車両、激しい銃撃の跡が残る車の数々……。

戦禍のウクライナからたったひとりで闘いにきた美女格闘家の信念_31
ブチャの路上に放置されたロシア軍の戦車 撮影/水谷竹秀

これまで当たり前に存在していた日常の光景が、一瞬にして非日常のものへと変わった。

「最も辛かったのは、ロシア軍による残虐行為です。その犠牲になった人たちがたくさんいました」

イルピンに隣接するブチャでは4月上旬、ロシア軍によって殺害されたとされる民間人の遺体が約420体見つかり、集団埋葬された。ウクライナ東部の要衝イジュームでも9月半ば、民間人の遺体400人以上が集団埋葬されていたことが発覚した。アナスタシア選手が続ける。

「でも先日はいいニュースもありました。アゾフスターリ製鉄所にいたウクライナ軍の兵士が解放されたことです。ウクライナ軍は今、徐々に領土を奪還しています。もちろん心配はありますが、彼らは決してあきらめない。いずれは全領土を奪還し、戦争が終わって平和な1日が戻ってほしいと思います。辛い日々と涙には、早く決別したいです」