「全世界に自国の素晴らしさを伝えたい」
試合前、都内のホテルで取材に応じたアナスタシア選手は、「格闘家」というイメージからはおよそかけ離れた、華奢な体つきだった。そんな彼女が格闘技に目覚めたのは、大学3年生の頃。ウクライナ北中部ジトーミル州にある国立大学で心理学の勉強をしていた時のことで、健康のためにスポーツをやろうと始めたのが、格闘技だった。
すでに場数を踏んでいた友人に誘われて試合に出場してみると、めきめきと頭角をあらわす。2019年のヨーロッパ選手権、それに続くアマチュア世界大会でも優勝を飾った。その後、プロデビューを予定していたが、新型コロナウイルスの影響で延期され、2021年末に実現した。しかしそのわずか3カ月後、ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まった。
プロとしての一歩を踏み出した矢先のことだった。
「ロシア軍に侵攻された後は、気持ちに変化が起きました。今はウクライナの国旗を掲げ、ウクライナの代表として、全世界に自分の国の素晴らしさを伝えたいと思うようになりました。そして私の試合を見て、子供でも大人でも、私のような女性になりたいと思ってもらえるよう、インスパイアしたいです」
戦争によってあらたに目覚めた自国への思い、そして誇り。
首都キーウに住んでいたアナスタシア選手は、約300キロ南下したウクライナ中部のクロピヴニツキーへ夫(26歳)とともに避難した。夫はブラジル柔術を専門にしている選手で、彼女はスポーツ一家だ。キーウと近郊のイルピンにジムを所有しているが、戦争で閉鎖を余儀なくされた。そして避難先では、トレーニングを継続できるかどうかが懸念だった。
「夫と一緒に3カ月ぐらいそこで避難生活を送りましたが、私自身のトレーニングにはあまり穴が開いていません。戦争が始まった直後の1週間はできませんでしたが、それからは避難先のジムで少しずつトレーニングを始めました。私の他にもトレーニングをしていた選手はいて、皆、戦時下によるストレスを感じていたので、気分転換に1日1回、もしくは2日に1回というペースで練習していました」
プロの格闘家として、果たしてそれで満足に練習できているのだろうか。