法制度の導入が状況改善の近道

もちろん、施行当初の過渡期には、制度の適用が必ずしも円滑にいかないことがあるでしょう。けれど、他の領域で見ても、例えばDVの課題は「DVなんてない」と思われていた時代から、制度によって統計をとり始めたことで課題が可視化されています。特にコロナ禍では、一層厳しい状況が数字として表れ、社会的に話題となり、行政が追加的な対応を行う例も見られました。

育児休業だって、「まわりに迷惑をかけないように産前産後休業で十分」というような人もいた時代から、徐々に、女性はもちろん男性も育休が取得できるように、個別に制度対象者への周知を義務化するというところまできています。

社会はこのように、長いスパンで確実に変わります。けれど、黙っていて変わるのではなく、人びとの声、特にその節目節目の制度化が、声を大きく後押ししてきました。

一方で、「放っておいてほしい」と思う側の人にも、あるいはそういう人が周りにいるという人にも、述べておきたいことがあります。それは、「放っておいてもらえれば」その人はよくても、制度がないと大変な人も他にたくさんいるのだということです。

実際に、前掲の厚労省の委託事業の調査でも、LGBとTのそれぞれ過半数が何らかの施策を「行われたら良いと思う取組」としてあげています。今この瞬間は不便がなかったとしても、本人も、周囲の人も、少し環境が変わればどうなるか分かりません。また、「いつかは○○な世の中に」と言っていても、少しずつでも状況が変わらないと、それはずっと訪れなくなってしまいます。

私たち施策を推進する側としても、制度によって良くなると実感できるケースや実績を積み重ねなくてはと日々思うところです。同時に、すでに関連施策を導入する自治体などで、一定の積み重ねがなされてきているところもあり、これをもっと広めなければとも考えています。

そして、より多くの人が「良くなった」と思えるようにするには、やはり何よりも法制度が導入される必要があり、一層の状況改善を望むには、これが一番の近道だとも感じます。

文/神谷悠一

差別は思いやりでは解決しない
ジェンダーやLGBTQから考える
神谷 悠一
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