「弱者に優しい世界」に住む
見向きもされない弱者たちへ
SDGsにポリティカル・コレクトネス。人にも地球にも優しい世界。弱者に手を差し伸べる世界。そういう世界の物語が、ウェブにもTVにも紙媒体にも選挙演説にも溢れるようになって久しい。
それでも、そういった物語からこぼれ落ちる人たちがいる。本書はそういった人たち、ひょっとしたらそういったあなたのことを書いた本だ。
「弱者に手を差し伸べる世界」の美しい物語を囀る人々は、「強者/弱者」「加害者/被害者」「マジョリティ/マイノリティ」の属性がつねに固定していると信じ切っている。彼らは、ある局面で被害者だった人が、別の局面で加害者になりうる──なることを避けられない──という可能性を考えることができない。
たとえば本書の第4章第5節で紹介されている例。フェミニズムを標榜するある高学歴の女性芸術家が、自身のキラキラしたキャリア(女性の社会進出)を妊娠・出産によって途切れさせないために、妊娠・出産を諦めるのではなく、自国あるいは発展途上国の貧しい女性を代理母として買う──強者女性が弱者女性の尊厳を買い叩き、搾取する──という案を語った。その発言は、キャリアと「母」の地位を両取りする自己実現の希望=「エンパワメント」として女性誌で華々しく取り上げられた。
弱者を自称する強者がべつの「見えざる弱者」を搾取する構造や、マイノリティを包摂する政策が疲弊した「見えざる弱者」をますます追い詰める構造を、本書は静かに可視化する。
〈二項対立的な世界観によって見えにくくなっている、能力主義と資本主義によって巧妙に正当化される搾取にこそ目を向けなければならない。その先にしか、現代社会が生み出す格差を乗り越えた真に平等な社会を望むことはできない〉
キャンセルカルチャーやルッキズム、「親ガチャ」といった近年の流行語になにか「ざらり」とした感触を覚える人、大学で社会学を学ぼうと志す人、そしてふだんからうっすら罪悪感を抱いて疲れ気味の人はぜひ読んでください。
BOOK
『ただしさに殺されないために 声なき者への社会論』
御田寺圭著 大和書房 ¥2,200
著者は神戸育ち。東京で会社員として働きつつ「白饅頭」名義で広範な社会問題についての言論活動を行う。《熱風》(スタジオジブリ)連載をはじめ「現代ビジネス」「プレジデントオンライン」「BLOGOS」などに寄稿。ラジオパーソナリティとしても活躍。著書に『矛盾社会序説 その「自由」が世界を縛る』(イースト・プレス)。
Photo:Mai Shinya