日本とは異なるタレントと事務所の関係

さて、弁護士がバンドのツアーに帯同すると聞くと、やや違和感があるかもしれません。ここで、アメリカにおける、タレント(俳優やアーティスト、監督、脚本家を含む)のチームについて、少しご説明しましょう。

日本の芸能界の場合、多くのタレントは芸能事務所に所属し、事務所がタレントにマネージャーを付けてくれます。有望なタレントの場合、芸能事務所がタレントの身の回りの世話、演技や歌唱のレッスンまでを手配することもありますし、その後の案件獲得、果ては番組制作まであらゆる段階にかかわってくることもあります。

一方、アメリカには、タレントが所属して、育ててもらうという意味での芸能事務所はありません。逆に、タレントが自らエージェント、マネージャー、弁護士等を雇う必要があります。一般的な整理では、エージェントは芸能案件の獲得業務(エージェンシー業務)のみを行い、マネージャーは案件を受けるかどうかなどキャリアの相談相手となり、弁護士はビジネス・法務面でのアドバイスを行う役割を担う、とされています。

カリフォルニア州の場合、タレント・エージェンシー法(Talent Agencies Act)という法律の下、エージェントとして当局から許可を受けていない人物は、(仮に弁護士であっても)エージェンシー業務を行うことはできません。エージェントは5万ドルを労働長官に対し預託する(トラブルがあった場合の保証金として納める)必要がある上、ギルド(タレントの労働組合のようなもの)との合意で10%より高い手数料をとってはなりません。

なぜエージェント側がそんな合意に従わざるを得ないかというと、ギルドが組合員に対して、当該合意を結んでいないエージェントの利用を禁じているからです(ここでもギルドが強い力を持っているのですね)。

弁護士は、エージェントやマネージャーと共に、タレントをチームとしてサポートしていきます。業界で顔が利く弁護士を雇っていると、業界人も話を聞いてくれやすい(送ったデモ音源を聞いてくれたり、脚本に目を通してくれたりしやすい)、ということもあるようです。顧問弁護士がコンサートツアーにまで帯同するケースがある、というのは私にとっても少し意外でしたが、それだけ密にタレントとの関係を築き上げているということは、勉強になりました。

クラスメートにはミュージカル俳優も

さて、話をUCLAのロースクールに戻します。

エンタテインメント法関連の授業では、そのときどきに起こったエンタテインメントのニュースを題材に、ディスカッションがよく行われました。たとえば、スカーレット・ヨハンソンがディズニー社相手に訴訟を起こした件など、いろいろな事件がディスカッションの対象になりました。自分が弁護士として代理していたら、どのように理論を立てて、どのように裁判官や陪審員を説得するか、毎回、喧々諤々(けんけんがくがく)の議論が交わされました。

英語ネイティブではない私は、早口のディスカッションの内容についていくのさえも一苦労でしたが、UCLAでは、「去年までブロードウェイのミュージカルで主演だった」とか、「映像制作会社でプロデューサーを務めていた」といった、驚くような経歴を持つ学生も少なくありません。そうした学生に交じって、実務の最先端を走る講師とさまざまな問題を議論することはとても刺激的な体験でした。

日米芸能事務所の違い アメリカではタレントがエージェントを雇う理由_2
UCLAキャンパス内の食堂

期末試験でも最新の話題がとりあげられます。ある授業の期末試験の問題は、こうでした。

《ウィル・スミスが、アカデミー賞授賞式でクリス・ロックを平手打ちした件に関して、この出来事を映画化しようとする場合に生じる法的問題点は何か、またそのリスクを最小限にするために映画製作スタジオにどのようにアドバイスするか。3000語以内で述べよ》

タイムリミットは、期末試験期間中に提出さえすれば大丈夫。実際の問題文にはもう少し詳細な指示が入っていましたが、例えば実在の人物や出来事を題材にして映画を製作する場合、その人物の許可を得るべきかどうか、名誉毀損に該当するかどうか、といった問題を論じることが求められました。

エンタテインメント・ロイヤーの仕事の一つは、エンタテインメントの世界に存在する法的リスクを的確に把握するとともに、それを専門家以外の方にも分かりやすく説明し、どうビジネスを進めることが適切かアドバイスすることです。こうした試験では、エンタテインメント関連のニュースにはアンテナを張っていることを前提として、常に法的に物事を分析し、かつ分かりやすくまとめる力が試されていたのではないかなと思います。

文・写真/長岡征斗