女子を学校に行かせない根拠は?

内藤 イスラームの本質は、基本的に「神と個人の人間とが契約をする」という垂直的な関係なのです。その中で「これだけは一線を越えてはならない」と言われているのは「姦通」とか、故意に「棄教」するということ、それから「強盗」と「飲酒」です。これは、神との契約を破ることになるので、身体に罰を与えることになっていますし、ことによっては死刑ですが、その量刑は許されません。

一方、他の罪については、裁判によって刑罰を受けますが、量刑はイスラーム法廷の裁判官の裁量になるのです。かつてのタリバンは、たとえば、ブルカを着用していないと罰しました。あるいは、男性の保護下で一緒に外出していないと、それだけで罰しました。これは昔、サウジアラビアでもやっていました。

しかし「それを本当に罰しなくてはならないのか? 根拠は何だ?」と、ちゃんとイスラームの教えを知った上で彼らに問うと、彼らはそこまでする必要があったかどうかを精査することになります。そういうことは多々あるはずです。たとえば「女子を学校に行かせなかった。それはどういう根拠によるのだ?」と。

今、タリバンは「イスラームの教えにしたがって統治する」と言っている以上、イスラームの教えに基づかないことで「禁止する」とは言えないわけです。本当にタリバンが真面目にイスラームでやるというなら、イスラーム社会にある、一種の夾雑物、混ざっているもの――パターナリズム(家父長制)もそうですけれども――その部分を排除して、「ちゃんとイスラーム的に教育の機会を保障せよ」と言うべきです。

もちろんジェンダー平等までは無理でしょうし、おそらく生物の授業でも進化論は教えないでしょうけど、それらを除いても、数学やコンピューターサイエンスを教えるのに何の支障もないはずです。

しかも、イスラーム圏では、女性のほうが理系進学者は多くなる傾向があります。男性の保護下でないと外出することもまかりならんなどと言ったら、女性は大学教育を受けられない。そうなったら女性の医師も薬剤師も教員も育たないぞ。自分の妻や娘が病気になったら男性医師に診療させるのか、それとも医師に診せずに病気を悪化させるのか? どっちだ? と厳しく問い詰めるべきでしょう。就学、進学の機会さえあれば、彼女たちは、社会を支えていきます。

むしろ「女性に対し、教育や手に職を持ってもらうための職業訓練も含めて機会をちゃんと保障せよ。国際社会もそれに対して投資をする。単なる援助じゃなくて投資をしていく」と伝えて、それが本当だとわかれば、少しずつ回っていくんじゃないかと思います。

ですからタリバンが「イスラームでやる」と言うならば、逆にイスラームについてきちんと理解した上で、「女性たちが教育を受けられない、あるいは、一定の職から排除するというのはおかしいじゃないか」と言えばいい。

先ほど山本前代表がおっしゃった、カブール大学の学長の発言「女性の学生と教師は来るな」に対しても「イスラーム的に全くおかしいではないか」と反論しなければいけません。

西洋的価値観から受け入れられない、と言うのではなく、「イスラーム的に間違っているんじゃないか?」と問い続けないと通じないです。

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アフガニスタンの教訓 挑戦される国際秩序
山本忠通 内藤正典
イスラーム世界と西欧諸国が「女性の権利尊重」において理解しあえない理由_02
2022年7月15日発売
1,056円(税込)
新書判/288ページ
ISBN:978-4-08-721224-2
ー国連事務総長前特別代表と中東学者の対話ー

タリバンはなぜ復権したのか?

タリバンの勝利、ウクライナ戦争という冷戦後秩序のゆらぎに迫る

2021年8月、アフガニスタンの首都カブールはタリバンに制圧された。9・11事件に端を発する2001年のアメリカを中心とする多国籍軍の侵攻でタリバンが政権を追われ20年。国連、欧米の支援下、自由と民主主義を掲げた共和国政府はなぜ支持を得られず、イスラーム主義勢力が政権奪回できたのか?
アフガニスタン情勢のみならず、ロシアのウクライナ侵攻など、国際秩序への挑戦が相次ぐ中、国連事務総長特別代表を務め、国連アフガニスタン支援ミッションを率いて諸勢力と交渉をしてきた山本氏と中東学者が問題の深層と教訓、日本のあるべき外交姿勢を語る。揺らぐ世界情勢を読み解くための必読書。
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