効率だけでは地力はつかない
––井上さんのお話は、理に適ったものが多いですね。現役選手の頃から、論理的に物事を考えるタイプだったのでしょうか。
いや、それはどうでしょうか。2000年代からデータを活用していた競技団体もあったと思いますが、柔道は違いましたね。とはいえ、科学研究部の歴史は長く、当時も対戦相手の映像をDVDに焼いてくださるなどのサポートは受けていました。ただし、今のような戦術的な細かい話はあまりなかったです。もちろん、指導者の先生方は色々と考えてチーム作りをされていたとは思いますし、私自身、計画性を持って取り組んではいましたが。
––では、引退後のイギリス留学や、日々読まれている書物の中から論理的思考を身につけていかれたのでしょうか。
留学の影響は非常に大きかったと思います。海外に出ると、効率的に物事を進めていく傾向を感じますね。そこは学ばなくてはならないと意識していました。
––一方で、オリンピックの準備の中では、非合理というか、非効率とも言える訓練もされていますね。夜中2時半に選手を叩き起こし、暗闇の中を行軍させるとか。
陸上自衛隊習志野駐屯地での合宿のことですね。監督在任中2回やりました。確かに、あれは効率性や科学的合理性からはほど遠いですね(笑)。しかし、柔道の地力をつけるためには必要だと思ってやりました。オリンピックという舞台で勝ち抜くためには、ある意味で異常とも言える精神力が必要です。科学的なことや効率性を導入しつつ、非科学的、非効率的なことも意識的に取り入れていました。
(*1) IJF(国際柔道連盟)は、東京オリンピックに向けて、より「攻撃的」かつ「技によって決する柔道」を目指す色合いが濃くなり、リオオリンピック以降で次のようなルール変更がなされた。
①試合時間5分⇒4分
②「有効」は廃止。「指導」3回による反則負けの導入
③「技あり」の評価は以前の「有効」も含む
④延長戦は時間無制限で行われ、技によるポイント、もしくは「指導」3回による反則負けで勝負を決する
文・インタビュー/柴谷晋
写真提供/株式会社 office KOSEI、全日本柔道連盟科学研究部
参考文献/井上康生著『初心 時代を生き抜くための調整術』 (ベースボールマガジン社)