柱と細部の両輪を固める

––井上さんの近著『初心 時代を生き抜くための調整術』(ベースボールマガジン社)では、東京オリンピックにおける主なデータ活用例を2つ挙げられています。1つは「GOJIRA」から得られる対戦相手の情報。もう1つは、反則に関する情報ですね。

そうです。東京オリンピックでは「『指導』が出るタイミングが遅い」という情報が上がってきました。そのおかげで選手には、(反則負けになる可能性が低くなるので)焦らずにじっくり攻めていこう、と指示することができました。

––その他に、データが役に立った場面というのはありましたか。

戦略づくりにおいてもデータは重要でした。科学研究部の石井孝法さんから「戦略のミスは戦術では補えない。しっかりと過程を考えていきましょう」という提案をいただいていましたね。

––戦略とは「組織がどのように進むべきかを示すもの」であり、戦術は「その戦略を達成するための具体的な手段」ということですね。

まず「金メダルを取る」という大目標があり、それを実現させるための戦略として、「いかにしてシード権を獲得するか」がテーマとなりました。シード権は、各階級のランキング上位8名までに与えられます。シード権を得ると、トーナメント序盤で有力選手と対戦する可能性が低くなるのです。実際2016年のリオオリンピックでは、メダリストの80%以上がシード権を獲得していました。

––ランキング上位8位に入るために、大会に出場してポイントを稼ぐ必要がある。

そうです。各選手をどれくらいの試合に出場させるか、ポイントはどれだけ必要かを逆算しました。ただし、コロナの影響で大会出場が叶わず、シード権なしでオリンピックに出て、それでも結果を残した選手もいました。

––戦術に関しては、相手のデータをもとに分析をされていたのですか。

そうですね。データを活用して、隙のないチーム作りを心掛けてきました。ただし、注意していたのは、やはり「細部を求め過ぎないこと」です。細部にこだわりすぎると、大切な「柱」の部分が細くなってしまう恐れがある。小手先では、勝ち続けることはできません。柱と細部、この両輪を固めることを常に意識していました。

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「GOJIRA」は、全世界の選手と審判4000人、4万試合を超えるデータ蓄積されたクラウド型情報分析システム「D2I-JUDO」の通称。「Gold Judo Ippon Revolution Accordance」の頭文字を取って名付けられた