最終話はカラフルな話に

――次の「英雄の鏡」がまた全然違う話ですよね。夜の世界、ホストクラブが出てきます。

萩野 夜の世界にした理由はよく覚えていないんですが、いろんな人に電車に乗っていてほしいなと思ったので水商売の人もいるといいなと。夜の世界をどれぐらいリアルに書けるかというのも挑戦でしたね。二人ともホストクラブに行ったことがないので。

鮎川 ネットが参考になりました。最近はお店に行った感想を上げてくれる人が多いし、YouTubeで接客やコール、シャンパンタワーの様子なんかを上げている人もいるんですよ。

萩野 実は「英雄の鏡」だけは雑誌掲載(『小説すばる』二〇二一年七月号)と単行本ではまったく違う話になっているんです。雑誌掲載時はミステリ要素が少し足りなかったので変えようということになって。ほぼ全体にわたって改稿しています。

――次が「扉」。野江と池渕コンビ再びです。

萩野 二人は凸凹コンビというか、ワトソンとホームズというか。書きやすいキャラクターなんですよ。実は雑誌掲載は「顔」の次が「扉」でした。単行本にするにあたって順番を変えて、間に「英雄の鏡」を挟みました。「顔」と「扉」を続けて読むと、ちょっとつらい話になったと思います。一話間が空くことによって、時間の経過も出せますし。

鮎川 池渕がインターハイに出ると言っていたけれど、どうなったのかな……など、一話空けたことで自然な時間の流れがつくれたと思います。

萩野 二人のキャラクターは書きやすいんですが、ネタに関しては悩みましたね。不思議な話にしようと思って、最初は「音」が耳、「水の香」が目を使う不思議な話だったので、違う感覚器を使う話にしようかとか考えたんですが、結局、そっちの方向性はやめようと。二人の人物像に戻って、この年頃ってどんなことで悩んでいるんだろうと考えて、やっぱり将来のことかなと。事件そのものよりも、悩んでいることの話にしようと決めて、未来の自分の姿がわかる〈未来ドア〉が登場する話になりました。

――都市伝説的な要素があって謎解きもあり面白かったですね。そしていよいよ最終話。「壁の男」の主人公は似鳥というイラストレーター。自分が描いた絵が勝手に動きだすという奇妙な現象に悩まされています。

萩野 最終話だけはほかの話とは違う感じのノリにしたかったんです。主人公はあまり悩んでいない人にしたいと思ったので、事件には関わっていないけれど何らかの形で事件の関係者を知っていた人にしました。

鮎川 萩野は昔絵を描いていた経験があるんですけど、私は絵を描く人の感覚がさっぱりわからなくて……。下書きを読んで、「線がどうとかってどういう意味?」って、混乱しました(笑)。基本的なこともわからないのでそのたびに萩野に質問しました。

萩野 聞かれましたね、そういえば。

鮎川 「絵を描くことに、調子がいいとか悪いってあるの?」とか。

萩野 ありますよ、それは。

鮎川 あるんですね。それも知らなかった。

萩野 絵を使ったのは、全体にちょっと暗めのトーンの話が多いので、最後はカラフルな話にしたいという理由もありました。

――「事件」が地下鉄での殺傷事件ということで、閉ざされた空間の中で起きている。関わった人の話が重くなりがちなのは必然ですが、一話ずつ外に出て行く感覚があり、最終話には解放されるカタルシスがありました。

萩野 実は私も精神的な理由で電車に乗れなかった時期があって、そういう人が少しずつ乗れるようになったらいいなみたいな気持ちがどこかにあったのかもしれません。

二人での執筆はバランス調整が大事

――海外ではエラリー・クイーン、日本では岡嶋二人のような二人で書く作家はいましたが、小説は個人で書くものという先入観は根強いと思います。二人で書くという方法に興味を持つ読者も多いと思うので、そのあたりを少し聞かせてください。萩野さんがプロットとキャラクターを考えて、鮎川さんに渡した後、萩野さんはもうその次の別の仕事に取りかかっているんですか。

萩野 そうです。だから、進行中の作品に対するテンションに差が出てしまうところがありますね。私は長めのプロットを書くタイプなので、鮎川に渡した時にはラストまで書き切っちゃったような錯覚に陥っているんです。だから「この原稿のここだけど」って聞かれた時に、別の話に頭がどっぷり浸かっていて「えっ、何だっけ」みたいなことは実際ありますね。

鮎川 よくあります。

――二人で書いていてよかったと感じるのはどんなことですか。

鮎川 よかったというか、私は話がつくれないからこういう形にしかなりようがなかったという感じです。

萩野 いいのは何でも二倍になることですね。たとえば感情移入できるキャラクターが倍になります。不得意なところを補えたりもします。

――執筆を始めた頃から役割担当は変わっていないんですか。

鮎川 変わっていません。でもまだ探り探りやっているところもあります。もうちょっとバランスを調整していかないといけないって思っているんですけど。

萩野 私が楽をしたがりになっちゃっているので。

鮎川 反対です! 楽をしたがっているのは私です。

萩野 いや、私のほう。プロット段階でもっと詰めていたら、後で私が下書きする必要なんてないんです。でも、ついつい詰めるのを後回しにしちゃうんですよね。

鮎川 私は私で頼り癖がついちゃって。困ったら聞けばいいやって思っちゃうんですよね。

萩野 二人とも小説教室のようなところで小説の書き方を学んだことがないので、たぶんもっと効率的なやり方があるはずなんです。作家のみなさんがあたりまえのようにやっていることをやっていなかったりすると思います。別の作品のプロットですけど、登場人物が何人も出てきてそれぞれに行動する、いわゆるミステリらしいミステリだったので、ちゃんと行動管理をしなきゃだめだなとエクセルで表をつくりました。今頃になって初めてのやり方にチャレンジしたわけです。でも、そうやって変化していく、チャレンジしていくことは大事だと思います。今後も、二人でどう書くかも含めてメソッドをつくっていきたいですね。

――お話をうかがっていて、とてもいい距離感でお仕事をされているなと思いました。映像の世界では複数の脚本家や監督の共同作業がますます増えているので、小説の世界でも共同作業には大きな可能性があると思います。その方法の開発ということでも今後の「降田天」の作品に期待しています。今日はありがとうございました。

「小説すばる」2022年9月号転載

関連書籍

降田 天『事件は終わった』刊行記念インタビュー 「二人で書くことで何でも二倍に。コンビ作家の新境地。」_6
事件は終わった
著者:降田 天
集英社
定価:本体1,800円+税

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