私たちの世代が、後輩に死にゆくお手本を見せる番

「徹頭徹尾、死ぬときはひとり」バビ江ノビッチが語る、ゲイの老いと死_6
©2021 Swan Song Film LLC

現在、アメリカの一部の州では同性婚が認められており、法の保護の元にパートナーシップを育むことができる。映画の中では、男性同士で子供育てをする若いカップルを目撃したパットが、友人と共に時代の変化を語り合うシーンが。

「特に印象的だったのは、”今のゲイカップルは子供たちを残せるけれど、私たちは何も残せない”という発言。その通りだなと感じました。私たちも新宿二丁目で家族のようなコミュニティを作ってきたけれど、結局、それも幻想なのよね。本当の家族じゃないから、仲が良かった人の死を後で知ったり、お葬式に出ることすらできなかったこともある。徹頭徹尾、死ぬときはひとりだということを、淡々と描いている映画だと思いました。とはいえ、実在のミスター・パットが監督に映画のヒントを与えたように、私たちにもきっと、出会った人の心に少しずつ何かを置いていける可能性がある。そんな小さな希望も感じました」(バビ江ノビッチ)

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皮肉と毒がたっぷり盛り込まれていて、センチメンタル。ジュディ・ガーランドやシャーリー・バッシーなど、往年のディーバたちのベタすぎる名曲をふんだんに盛り込むオーバーな演出も、「シニカルでクィアっぽい」とバビ江氏。ただし、映画に1点だけ不満もあるのだとか。

「欲を言うと、パットが老人ホームに入所するまでの経緯も描いてほしかった。だって、ヘアメイクドレッサーとしてもドラァグクイーンとしてもキラキラ輝いていた人が、いかにして老いていったのか、気になるじゃない。私たちの先輩たちも、60代くらいを境にゲイバーなどの現場に出てこなくなるんです。その後の消息をたまに聞くこともあるけれど、華やかな老後だけじゃないから、なんだかとても悲しい気持ちになるんです。私自身、どんな老後を送るのか本当に想像がつかない。ロールモデルがいないのよね」(バビ江ノビッチ)

ただし同時に、コミュニティを築き、権利獲得のために尽力してきた偉大な先輩たちの思いも、十分すぎるほど理解できる。

「自分を肯定して生きていくためには、かっこよく、美しくあることが最大の武器だった。だからこそ、弱っていく姿や老いていく姿を見せたくないという美学もあったと思います。彼らがゲイとして生きるお手本を見せてくれたように、今度は私たちの世代が、後輩たちに死にゆくお手本を見せる番なのかもしれません。最期のときまで、意地の悪いババアでいたいと思います(笑)」(バビ江ノビッチ)

誰もが等しく老い、いつか死を迎える。そして、どんな属性であろうと「徹頭徹尾、死ぬときはひとり」。それならば、自分と周りの人を愛し、過去を愛し、プライドを持ってパットのように生きたい。そう思わせてくれる物語だ。映画を製作するにあたり、実在のミスター・パットの晩年に少しだけ会うことができたというスティーブンス監督は、感慨深げにこう語る。

「自分がモデルになった映画が日本で公開されることに、きっとミスター・パットは天国で驚いていると思う。そしてきっと、感動してくれているんじゃないかな」

『スワンソング』(2021)SWAN SONG 上映時間:1時間45分/アメリカ

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ヘアメイクの現役生活を遠の昔に退き、老人ホームでひっそりと暮らすパット(ウド・キアー)は、思わぬ依頼を受ける。かつての顧客で、街で一番の金持ちであるリタが、遺言で「パットに死化粧を」とお願いしていたのだ。リタの葬儀を前に、パットの心は揺れる。すっかり忘れていた生涯の仕事への情熱、友人でもあるリタへの複雑な思い、そして自身の過去と現在……。

2022月8月26日(金)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
© 2021 Swan Song Film LLC
公式サイト:swansong-movie.jp 

バビ江ノビッチ
空を飛んだり火を吹いたり、まるで1人ディズニーランドのようなショウスタイルは奇抜でゴウジャス、ソウルフルでかつコケティッシュ。そのスタイルは幅広い層から支持を受け、東京をはじめとした全国のクラブシーンはもとより、アーティストのプロモーションビデオやライブ、企業のパーティや結婚式からキャンギャル、学園祭、村おこし(!)、果ては昨今の女装ブームに便乗したテレビ出演まで、アングラからメジャーまで都市伝説的に活動しているDRAGQUEEN。
「好きな映画はペドロ・アルモドバル監督の『オール・アバウト・マイ・マザー』(1999)や『バッド・エデュケーション』(2004)。もちろん、昔の『バチ当たり修道院の最期』(1983)とか『アタメ』(1990)とか、はちゃめちゃなものも好き。『スワンソング』を見て思い出したのは、こちらも大好きなフランソワ・オゾン監督の『ぼくを葬る』(2005)。死を前にすると人はいろんなことをするけれど、結局はただ死んでいくだけ。同じようなものを感じました」

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トッド・スティーブンス
アメリカ・オハイオ州サンダスキー生まれ。『Edge of Seventeen』(98)で脚本と製作を担当。『Gypsy 83』(01)と『Another Gay Movies』(06)では、脚本・製作・監督を担当した。以前の作品4本すべてが数多くの映画祭で賞に輝き、世界中で劇場公開されている。現在、ニューヨーク市にある芸術大学スクール・オブ・ビジュアル・アーツで映画学科の教授を務めている。



取材・文/松山梢