マンガこそが、一縷の希望だ

戦争をどう捉えるかという視点の問題に関して、21世紀に入って最も優れた範例を示したのは、2008年から09年にかけて刊行された、こうの史代の『この世界の片隅に』だったと思います。

水木しげる、手塚治虫、こうの史代……マンガ家たちは戦争をどのように描いてきたか‗06
こうの史代『この世界の片隅に』(双葉社)

こうの史代は広島出身ですが、1968年生まれでむろん原爆の惨禍を体験していません。しかし、『夕凪の街 桜の国』で原爆後を生きる人々の姿を静謐に描きだし、高く評価されました。一方、その後に描いた『この世界の片隅に』は、原爆投下前の一般庶民の日常生活を精細に描写し、戦争という非常時のなかにもごく当たり前の日常があったことを、徹底的な考証をもとに描いていきます。

そうした丹念な描写を積み重ねることで、何ものにも代えがたい人生の平凡な時間の豊かさを示し、逆に、その豊かさを一瞬にして消し去る原爆の残酷さをくっきりと浮き彫りにしました。戦争は破壊と殺戮ですが、戦場以外の場所でも平凡で豊かな日常を許さないということを、『この世界の片隅に』は繊細な感性で描きだしたのです。

『この世界の片隅に』ののちも、ブラジル日本人移民の勝ち組の話を発端とする『その女、ジルバ』(有間しのぶ)、中国に侵攻した日本人兵士の戦後を描く『あれよ星屑』(山田参助)、戦争を近代日本の帰結とする『ニュクスの角灯(ランタン)』(高浜寛)など、思いがけない角度から戦争に切りこむ佳作が世に問われています。いまも戦争が行われているこの世界で、戦争に対する思考停止に抗おうとするマンガが生みだされていることに、一縷かもしれませんが、私は未来への希望を見出します。

文/中条省平