コロンブスのような心境で日本映画を発信

教材は黒澤明監督作『影武者』(1980)の脚本だ。戦国時代の言葉にこだわった脚本は難易度が高く、勉強にはうってつけだったという。努力の甲斐あり、約5年ほどで日本映画を理解できるようになると、日本映画のレビューの仕事が舞い込むようになったという。当時、日本語を理解し、日本文化にも精通した外国人は稀少だった。

「最初は“ジャパン・タイムズ・ウィークリー”で2年間ほど執筆し、1989年から“ジャパン・タイムズ”に。映画欄の担当者は2人いたのですが、日本語が分かるのは僕だけだったので、日本作品を担当することに。最初に書いたレビューは『バカヤロー!2 幸せになりたい』(1989)でした」

当時は日本映画斜陽時代。「日本映画は終わった」と評する海外記者もいたという。しかしマークさんの目から見ると、伊丹十三、森田義光、石井聰亙(現・石井岳龍)、塚本晋也、岩井俊二らインディーズ出身監督の台頭や、東映Vシネマといった日本映画界の新たな潮流が刺激的に映り、とてもおもしろかったという。黒澤や小津安二郎といった巨匠たちに関しては、映画評論の先輩ドナルド・リチーさんがすでに海外に紹介しており、現代監督たちは未開の地だった。

「僕が英語で書かないと、彼らの作品が海外で紹介されるチャンスはあまりない。クリストファー・コロンブスのような心境でした」

『コンビニエンス・ストーリー』を企画したアメリカ人映画評論家の数奇な運命_4
「ウディネ・ファーイースト映画祭」では大林宣彦監督(右)の作品を特集上映したことも

今では日本映画界もグローバルとなり、海外公開を想定し、英語字幕版が製作されるのは当たり前となった。配信サイトでは、英語圏のみならず多言語字幕付きで世界に配信されており、評論家の存在なくとも、海外で人気に火が付くことも可能だ。

「でも、もっともっと海外で紹介したい日本映画が眠っているんですよ」

狙っているのは、黒沢清、三池崇史らが若かりし頃に腕を振るっていた東映Vシネマに代表される、90年代のオリジナルビデオ作品。ウディネ・ファーイースト映画祭で特集が組まれる日も近いかもしれない。


取材・文/中山治美

マーク・シリング 
1949年生まれ、アメリカ・オハイオ州出身。1975年に来日。米映画専門誌「ヴァラエティ」や英字新聞「ジャパン・タイムズ」に寄稿している映画評論家。2000年以降は、イタリアの「ウディネ・ファーイースト映画祭」の日本映画コンサルタントを務める。『ラスト サムライ』(2003)ではスクリプト・アドバイザーを担当した。

『コンビニエンス・ストーリー』(2022)上映時間:1時間37分/日本

スランプ中の売れない脚本家、加藤(成田凌)は、ある日、恋人ジグザグ(片山友希)の飼い犬“ケルベロス”に執筆中の脚本を消され、腹立ちまぎれに山奥に捨ててしまう。後味の悪さから探しに戻るが、レンタカーが突然故障して立ち往生。霧の中にたたずむコンビニ「リソーマート」で働く妖艶な人妻・惠子(前田敦子)に助けられ、彼女の夫でコンビニオーナー南雲(六角精児)の家に泊めてもらう。しかし、惠子の誘惑、消えたトラック、鳴り響くクラシック音楽、凄惨な殺人事件、死者の魂が集う温泉町……。加藤はすでに現世から切り離された異世界にはまり込んだことに気づいていなかった。

公開中
配給:東映ビデオ
公式サイト:conveniencestory-movie.jp
©2022「コンビニエンス・ストーリー」製作委員会