KAAT神奈川芸術劇場の芸術監督は2年目に

溝口健二監督『夜の女たち』をオリジナルミュージカルに。長塚圭史の新たな挑戦_2

長塚がKAATの芸術監督に就任したのは2021年4月で、今期が2年目。初年度のメインシーズンタイトルはチャレンジの年に相応しく「冒」。そして今期は同じ“ぼう”でも「忘」。時代が猛スピードで進み、戦争、数々の災害などの記憶が薄れていく中、「広大な記憶の荒野に立ち、私たちは今、何を思うのか?」。そんなことを皆で考えるプログラミングを目指しているという。その筆頭が『夜の女たち』で描かれる戦後。長塚がこの時代に興味を示したのは、ふたりの人物が影響している。

ひとりは、昭和初期から戦後復興期まで活躍した劇作家・三好十郎。長塚は自身が立ち上げたソロプロジェクト“葛河思潮社”で三好の『浮標』や『冒した者』を上演している。

「三好は戦中もずっと劇作を続けることができた。つまり検閲(戦中の軍事政権と)とうまく付きあっていたんです。そして戦争が終わった後、猛省して、反戦の物語を書いたんですね。その三好の世界をいくつか体験していたことも、『夜の女たち』に強く惹かれた理由でもあります」

そしてもうひとりが大林宣彦監督だ。広島県尾道市出身で軍国少年だった大林監督は、戦争が終わった瞬間に今まで信じていた“正義”が間違っていたことに気づいた。その体験を伝えるのが自身の使命と、晩年は戦争をテーマにした作品を命懸けで発表。その一作『野のなななのか』(2014)に妻の常盤貴子が出演したのをきっかけに、家族ぐるみで付き合いがあったという。長塚自身も『花筐/HANAGATAMI』(2017)、『海辺の映画館―キネマの玉手箱』(2020年)に出演している。

「大林作品は昔から見ていましたが、『この空の花 長岡花火物語』(2012)で久しぶりに見たときにビックリしちゃって。(長岡空襲の犠牲者が)スクリーンから観客に向かって語りかけてくるんです。“こっち向かってこないで!”と心の中で叫んでいましたよ。しかも160分あって全然終わらない。妻が出演した映画もそうで、もうどんどんこちらに迫ってくる。それに衝撃を受けました。そこには戦争に対する怒りがあって、後世に伝えなければという思いがある。大林監督とはプライベートでしょっちゅう会って、お話も聞いていましたけれど、大林監督を通して(戦争の記憶は)遠ざけてはいけない、知らなければいけないと今も強く思っています」