厚生労働省によれば、2021年の出生数は81万1,604人。前年を約3万人下回り、調査開始以来過去最少を記録した。今や、妊娠・出産の支援や子育て環境の整備は、国の最重要課題となった。そうしたなかで、独自のアプローチで子育ての課題解決に挑む企業がある。横浜市に本社を置くTrim株式会社だ。
同社が提供しているのは、可動型ベビーケアルーム「mamaro™️(ママロ)」。畳一畳ほどのスペースで授乳、おむつ替え、離乳食などが行える個室型のベビーケアルーム室だ。プライバシーが確保されており、男性も利用しやすいため、子育て世代から厚い支持を得ている。2017年の販売開始以来、商業施設や駅などに導入が進み、2022年7月には導入台数400台を突破した。
なぜ、ITベンチャーであるTrim社が「授乳室製造」という“大掛かり”なビジネスに乗り出したのか。その経緯やmamaroに込めた思いを、代表取締役の長谷川裕介氏に聞いた。
mamaro開発の経緯―アプリでは「お出かけの課題」は解決できなかった
――今月、mamaroの導入実績が400台を突破されたとお伺いしました。おめでとうございます。
長谷川さん(以下略):ありがとうございます。コロナ禍で既存の授乳室は多くの利用者がいるため、抵抗を感じる方が増え、mamaroのような個室授乳室が求められているようです。最近では、商業施設や自治体の施設だけではなく、神社や病院にも導入が増えてきました。導入が増えているということは、社会に求められる製品を作れているのかなと、少し安心しています。
――創業時はアプリ事業の会社だったんですよね。
創業事業は、mamaroとともに提供しているアプリ「mamaro GO」の前身のサービスでした。当時は授乳室の設置場所をユーザーが投稿してシェアするアプリで、前職で勤めていた会社が運営していたんですが、サービスを停止することになって。そのため僕が買い取って、この会社を立ち上げました。
――個人で事業を買い取られたんですね。それだけ思い入れがあったわけですか。
思い入れというより「できなかった親孝行の代わり」という感覚です。僕が20代の頃に母が亡くなっていまして。自分の母に何もしてやれなかったので、世の中のママ・パパを少しでも手助けしたいなと思っていました。
それに、アプリを通してママ・パパたちから感謝の声をいただけるのが単純に嬉しかったんです。僕は広告業界が長かったこともあり、それまではビジネスライクに仕事に向き合ってきました。でも、授乳室アプリでは、何の見返りもないのに授乳室の情報を投稿するユーザーがいて、その情報に助けられた方から感謝の声が続々と寄せられて…。
その善意の輪のようなものに触れ、「この事業を続けなきゃいけない」という使命感が芽生えました。
――その後mamaroの事業を始めますが、ものづくりを始めるきっかけは何だったのでしょうか。
起業して1年ほど経ったころ、授乳室の投稿数が頭打ちになったんです。ユーザー数は増えているのに、投稿数は約1万3,000ヶ所から増えていかない。当初は「全国の授乳室を網羅したのかな」と、のんきに受け止めていたんですが、よく考えてみるとこれは大問題だと。
当時、日本では年間100万人の子どもが生まれていたんですが、それに対して授乳室1万3,000ヶ所では、圧倒的に数が足りません。単純な相対比にすれば、2%にも満たないです。
ということは、アプリでどんなに情報を提供しても、本質的には何も解決していないですよね。足りないのは「授乳室そのもの」だから。
そこで百貨店や商業施設に話を聞きに行くと、施設側には授乳室を増やしにくい事情がありました。授乳室を設けるためには、工事や消防設備の増設などで数百万〜数千万円単位でお金がかかると。
一方で、ママ・パパたちにも話を聞いてみると、一般的な授乳室はカーテンで仕切ってあるだけで周囲が気になったり、パパが入れなかったりという不便さを感じていました。
この課題を同時に解決するには「自分で作る」しか答えがなかったんです。それがmamaroの製造を決意したきっかけですね。