「顧客の本音を聞き出すには」「上司を説得するには」など、コミュニケーションに悩みを抱えるビジネスパーソンは多い。では、日々犯罪者を取り調べる刑事たちは、どのように言葉だけで相手を説き伏せて「究極の本音」ともいえる「自供」を引き出しているのだろうか。
2021年に著書『マル暴 警視庁暴力団担当刑事』を出版した、警視庁の元マル暴刑事・櫻井裕一氏に、ビジネスにも生かせる「コミュニケーションの極意」を聞いた。
「命を人質にされた相手」を説得するには
――著書『マル暴 警視庁暴力団担当刑事』を拝読しました。身内同士の争いで殺人を犯したヤクザを取り調べ、自供へと導く場面は、息を呑むような緊迫感でした。
ヤクザもんの背後には組織がありますから、そう簡単には口を割りません。『マル暴』にも書きましたが、場合によっては、組織から「裏切れば身内も含めて皆殺しにするぞ」と脅しが入ることもあります。その状況でも、自供を引き出さないといけないのが、マル暴の仕事です(櫻井さん、以下略)。
――命を人質に取られている相手を説得するのは、究極の交渉です。しかし櫻井さんは、最初からそうした交渉術を身に付けていたわけではないですよね。
もちろんです。警察学校を卒業した後に配属された赤羽署での交番勤務時代には、ヤクザもんの扱いに手を焼きました。昭和のヤクザもんは、今と違ってやりたい放題。我が物顔で街を闊歩し、少し肩がぶつかっただけのカタギをボコボコにして、大怪我させたりする。しかも制服の警察官をハナから馬鹿にしていて、110番通報で現場に行っても「マッポはあっち行ってろ!」と歯牙にもかけない。
―どうやってヤクザに毅然と向き合えるようになったのでしょうか。
マル暴を目指すようになったころから、街にいるヤクザもんに意識的に声をかけるようになりました。最初は相手にもされませんでしたが、だんだんと顔と名前が覚えられて、顔見知りになっていく。冗談も交わしました。「今日は泊まり勤務だから、悪さをしたら俺が捕まえにいくからな」とか(笑)。
そのうちに「ヤクザも人間だな」と感じるようになりました。暴力的で悪いやつらなんだけど、本質的には我々と同じ人間なんですよ。金がなければ苦しいし、身内が死ねば悲しい。ヤクザもんは喜怒哀楽の「怒」が突出しすぎているだけで、備わっている感情は普通の人間と同じなんです。育った環境の影響で、普通とは異なる道を歩んでしまっただけで。
そういうふうに考えると「ヤクザは怖い」とは思わなくなります。「警察官対ヤクザ」という関係性ではなく、「人間対人間」として向き合えるようになるんです。
―相手の人間性に目を向けることが大切だと。
そうです。それは取調べでも同じです。ヤクザもんは組織を背負っている。そういう相手をどうやって自供させるかといえば、人間性に訴えるしかない。人間性といっても「かあさんが〜夜なべをして〜」などと歌って、泣き落とすわけじゃない。しっかりとホシの性格や背景を押さえて、人間対人間で向き合うことで「櫻井って刑事は信用できる」と感じ取らせるのが大切なんです。