偉人の感動エピソード集に
「しない」ことで問いかける
著者は5人の女性研究者。本書はアメリカでジェンダー、人種に関する不正義に立ち向かった10人の女性を描いたものだ。ある人は冤罪で裁かれ、別の人は高等教育機関をトップの成績で卒業したのに希望の職に就けなかった。全員が不当な社会構造に抗議し、それが原因で強烈なバッシングを受けている。10人が「声を上げる」に至った背景を解きほぐし、アメリカの歴史と社会を捉え直す。
大坂なおみに始まり、ルース・ベイダー・ギンズバーグで締める本書の構成は、日本の一般読者にも分かりやすい。“#Me Too”運動の歴史と経緯、Z世代の価値観、メンタルヘルス問題、交差性など重要な概念を丁寧に解説している。
最も感銘を受けたのは、本書が「偉人の感動エピソード集ではない」ことだ。私は記者出身で、人物もの記事を量産してきた。感動的なシーンから書き起こし、幼少期やキャリア初期の印象深いエピソードをちりばめれば「泣ける記事」を作るのは難しくない。
感情に訴えかける記事は、無関心層に届きやすい一方、困難に挑む人をステレオタイプに描き、社会正義を「感動コンテンツ」として消費させる恐れがある。その結果「ジェンダー平等」の本質を知らず、虹色の丸いバッジをつけ、イベントを開きレポートを発行して満足している人が増えた。彼・彼女らに苛立ちつつ、私自身にも責任の一端があると感じている。
本気でジェンダー格差後進国である日本社会を変えるには「ピンクウォッシュ」をやめる必要がある。甘くない現実を直視する勇気を持つリーダー層、学生、市民には本書をお勧めしたい。人種とジェンダー問題の「交差」を理解し、BLMへの認識が根本から変わるはずだ。
読者に考えてほしいのは、タイトルの主語が「アメリカ女性」ではなく「私たち」であることの意味だ。人口構成や司法制度は違うものの、日本もアメリカも同じ問題を抱えている。女性や少数民族、貧困層、若者の意見を軽んじていないか。性暴力被害者の声ではなく「被害者ぶる加害者」に同情していないか。
賞賛されるべき人々の奮闘を描きながら、偉人の感動エピソード集には「しない」ことで、本書が問いかけるのは、そういうことだ。