「美味しい」の最大の調味料は?

私は自分の味覚にまったく自信がない。酒好きのフリーライターとして飲食店を取材することもあるのだが、どこで何を食べても飲んで美味しくて、「うまいなぁ!」と思い、「この美味しさをどう表現すればいいのだろうか……」と最後にいつも悩む。そもそも味に対する語彙に乏しいから、何を食べても「美味しい!」「うまい!」とばかり言ったり書いたりしてしまう。

そんな私だが、食べ物や飲み物の味わい自体ではなく、それを味わう場所やシチュエーションには多少のこだわりがある。

たとえば、これは私の実体験なのだが、20代の頃に富士山に登ってみようと思い立ち、普段ほとんど運動しないくせに無謀にも挑戦した夏があった。途中、へとへとになってたどり着いた山小屋の売店でカップラーメンが売られていたので、お湯を注いでもらって食べたのだが、それが鳥肌が立つほどに美味しかった。いつも家で食べているのとまったく同じ製品なのに、十倍、いや百倍ぐらいに美味しく感じた。

あのベストセラー作家も実践! 忙しい人にオススメ『弾丸メシ』3つの掟_a
山小屋で食べたカップヌードル

もちろん、そこまで山を登ってきて体が疲れていたことやとても空腹だったことが原因なのだろうけど、自分の体や心のありようで味というのはこんなにも変わるのかと衝撃を受けた。

その経験以来、私は食べ物の美味しさは絶対的なものではなく、状況によって変化する相対的なものだと考えるようになった。

堂場瞬一さんの『弾丸メシ』に出てくる食べ物はどれも美味しそうだ。いや、それは言い過ぎで、フィンランドの郷土料理で、黒パンに小魚がぎっしり詰まった「カラクッコ」などは、ちょっと私には腰が引けてしまったりもするのだが、とにかく、単純な味の評価うんぬんと関係なく、堂場さんが食べること自体をすごく楽しんでいるように見えて、だからこそ美味しそうに感じる。