急速なブームで生産が追いつかない

それでも世界的アナログブームには拍車が掛かる一方。そのうえ、世界に2社しかなかったラッカー盤(アナログレコードの製造に必要不可欠な、一番最初に音溝を削る原盤のこと)製造工場のひとつが火事で焼失してしまったり、レコードの原材料である塩化ビニール樹脂が原油価格高騰の影響を受けたり、問題は山積だ。

そして今年2月には、ロシアによるウクライナ侵攻が勃発し、コスト高と原料不足が深刻だ。最近では製造のオーダーをかけても、納期に8ヶ月〜1年が必要という厳しい状況に陥っていると聞いている。

その一方でユーザーサイドには、レコードを買ったはいいが、実は全然聴かない、ただ持っているだけ、という人が少なくないらしい。Z世代の音楽ファンだと、レコード・プレイヤーを持っていないのにレコードを購入する、ジャケットを眺めているだけで満足、そうした本末転倒派も多いそうだ。

こうなると、音楽を楽しむはずのレコードが単なるグッズと化してしまうワケで…。いくら売り上げが伸びていても、そんな拡散の仕方をしていたら、アナログレコードはまた時代遅れの長物に戻りかねない。

思い出すのは、2015年のグラミー賞授賞式でプレゼンターを務めた故プリンスが、最優秀アルバム賞の発表スピーチで言い放った言葉だ。

「Albums, Remember Those? Albums still matter. Like books and black lives, albums still matter. (みんな、アルバムを覚えてる? アルバムは今も大事だよ。本とか黒人の命と同じで、アルバムは今も重要なモノなんだ)」

当時の「ブラック・ライヴス・マター」に掛けた発言だが、フィジカル(レコードなどアナログなメディア)であるアルバムの存在意義に言及し、音楽が使い捨ての享楽ではなく、生きた芸術であるコトをアピールしたのだ。

筆者は、現在のようなアナログ隆盛が長く続くとは思っていない。でも音楽好きの皆さんには、サブスク、ダウンロード、CD、そしてアナログレコードと、目的やリスニング・スタイルに見合ったメディアを正しく選んでほしいもの。レコードはきっと、溝に刻まれた音楽を、何度も何度も、擦り切れるほど聴いてほしいと願っているはずだから。

撮影/苅部太郎