アメリカの若者たちが口ずさむ
そしてアメリカでは、1963年4月下旬に坂本九の歌ったオリジナルのレコードがメジャーのキャピトルから『SUKIYAKA』という意図的なタイトルで、全米各地の放送局におよそ2000枚のプロモーション盤が送付された。
するといくつもの西海岸のラジオ局から好反応があったので、ヒットの兆しが見えたところで『SUKIYAKI』にタイトルが変更されて、一般に発売にされたのである。
ラジオから火がついた『SUKIYAKI』はノンプロモーションだったにも関わらず大ヒットし、6月15日から3週間にわたって全米シングルチャートの1位に輝いた。
アメリカ各地のラジオ局やジューク・ボックスから盛んに流れていた『SUKIYAKI』を、アメリカのティーンエイジャーたちは日本語で歌いたくて一生懸命に覚えようとしたそうだが、ほとんどは難しくて諦めたという。
それでも間奏の16小節が口笛のソロだったおかげで、日本語で歌えなくてもメロディを一緒に口ずさめるという点で、作・編曲した中村八大のアレンジは効果的で大ヒットの要因のひとつとなった。
当時の週刊誌が、ニューヨーク特派員の報告としてこんなふうに伝えている。
ニューヨーク・セントラルパークを散歩していると「UEO MUITE ARUKOU」のメロディーを最近よく耳にする。見ると、一七、八歳の若者が、楽しそうに口笛を吹いているのだ。
繁華街の中心地、タイムズ・スクエアにあるレコード屋の前を通っても、決まって聞こえてくるのが、この「上を向いて歩こう」。坂本九が日本語で歌うこの曲は、今やアメリカでもヒット曲になった。(『週刊サンケイ』1963年7月1日号)
ちなみに同じ時期にアメリカ進出を狙って発売されたビートルズの3枚目のシングル『フロム・ミー・トゥ・ユー』は、イギリスで7週間連続1位のヒットになったものの、アメリカでは時期尚早だったのか不発に終わり、最高でも116位止まりだった。
ところで、坂本九のヴァージョンはすぐにタイトルが「SUKIYAKI」に変更されたが、ビリー・ヴォーン楽団のインストによるカヴァーや、カナダのルシール・スターが歌ったヴァージョンは、その後も『SUKIYAKA』のまま発売されていた。














