年間上限額の問題点とは

さらにもうひとつ、年間上限に関連する注意喚起をしておきたい。8月1日からスタートしたこの年間上限は、すでに述べてきたとおり、「1年間(8月1日~翌年7月31日)の医療費支払いが一定額を超えると、それ以上は支払いをしなくてすむ」という制度だ。しかし、今年から始まる制度運用では、年間上限額(たとえば区分ウやエの場合は53万円)を超えた月から病院窓口の支払いが自動的にすぐゼロになる、というわけではない。

厚労省が3月19日に公開した資料(図1)には「月ごとの自己負担額が積み上がっても、年間の上限額に達した後は、それ以上の医療費の支払いは不要となります」と記されている。これを読む限りだと、あたかも上限到達後の窓口支払いはいっさい不要であるかのように見える。一方、6月25日付の厚労省ウェブサイト告知(図2)では、「月ごとの自己負担額が積み上がっても、年間の上限額に達した後は、それ以上の医療費については、保険者から還付を受けることができます」と記されている。

[図1:3/19付厚労省資料の年間上限に関する記載]

PDF資料『医療保険制度改革に関する広報について』P3より。この資料では償還払いに関する注意事項は記されていない。赤枠の囲いは筆者による加工。
PDF資料『医療保険制度改革に関する広報について』P3より。この資料では償還払いに関する注意事項は記されていない。赤枠の囲いは筆者による加工。

[図2:6/25付厚労省ウェブサイトの年間上限に関する記載]

厚労省サイト内ページ『高額療養費制度を利用される皆さまへ』より。ここでは、年間上限の超過分は保険者からの償還払いになる旨が註記されている。赤枠の囲いは筆者による加工。
厚労省サイト内ページ『高額療養費制度を利用される皆さまへ』より。ここでは、年間上限の超過分は保険者からの償還払いになる旨が註記されている。赤枠の囲いは筆者による加工。

誤解のないように明記しておくが、厚労省は年間上限の運用が当面は償還払い(利用者がいったん医療費を病院窓口で支払い、後日に自分の健康保険に申請して超過分を払い戻してもらう方式)であることを別段、隠していたわけではない。じっさいに、2月や3月の国会予算案審議でも公明党議員などが、償還払い方式ではなく窓口支払いが不要になるシステムが完備するまで〈見直し〉案の検討を凍結すべきだと指摘している。事情をよく知る者の間では、これは発表当初から問題視されていた事項だった。

とはいえ、一般の高額療養費制度利用者の間では、「年間上限の開始」のみを政府は何度も繰り返してきたために、上限到達後はいっさい支払いが不要になると思いこんでいた人、あるいは今も思いこんでいる人は、きっとたくさんいるにちがいない。当面のあいだは窓口支払いが必要になることを知らなかった場合には、その場になって治療に必要な資金の調達に慌ててしまう場合もあるだろう。その意味では、無用な混乱を避けるためにも厚労省は自分たちのセールスポイントだけではなく、制度利用者に負担を強いる側面についても、もっと早い時期からわかりやすい説明をしておくべきだった、という指摘はしておきたい。

この償還払い(超過分の払い戻し)が行われるまでの時間は保険者によって様々に異なる可能性があり、具体的なことは自分が利用している健康保険に問いあわせるのが確実だろう。

文/西村章

高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉
西村 章
高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉
2026年4月17日発売
1,155円(税込)
新書判/288ページ
ISBN: 978-4-08-721407-9

医療費が高額になった場合、自己負担額を一定に抑える「高額療養費制度」。
自己免疫疾患の治療で長年この制度を利用してきたジャーナリストは、2024年冬に政府が発表した「改悪」案に不安と憤りをおぼえ、取材を開始する。
疾患当事者や研究者、政治家などの証言が浮き彫りにしたのは、健康に「格差」がある日本社会の現状や、セーフティネットとして十分に機能せず、〈世界に冠たる〉とは到底いえない医療保険制度の姿だった。複雑で入り組んだ高額療養費制度の問題を、一般書として初めて平明かつ多面的に解明する!

◆目次◆
第1章 高額療養費制度とは何か
第2章 part1 政治的・財政的背景から読み解く〈見直し〉案
第2章 part2 患者団体は〈見直し〉案凍結と変更をどう実現させたのか?――天野慎介氏に訊く
第3章  2024・2025年の〈見直し〉案をひもとく――安藤道人氏に訊く
第4章  高額療養費制度に潜む「落とし穴」を検証する――五十嵐 中氏に訊く
第5章 「魔改造」を施された日本の医療保険制度と高額療養費――高久玲音氏に訊く
第6章 part1 司法の視点から高額療養費制度を検証する――齋藤 裕氏に訊く
第6章 part2 立法の視点から高額療養費制度を検証する――中島克仁氏に訊く
第7章 「健康格差」解消のために、どのような医療保険制度を構想すればよいのか?――伊藤ゆり氏に訊く
第8章 大局的な視野から日本の医療保険制度と高額療養費制度を考える――二木 立氏との一問一答

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