8月からの上限額引き上げが決まるまで
先日閉会した今国会では、2025年末に政府が示したこの〈見直し〉案に対し、野党各党が様々な問題点を指摘した。専門委員会で議論に加わった患者団体の関係者たちも衆参両院の厚生労働委員会と予算委員会に公述人や参考人として招致され、〈見直し〉案が患者の要望を充分に反映していないことや、この案が実施されると多くの制度利用者に負担増となって悪影響が及ぶことなどを証言した(この政府〈見直し〉案や現行制度の様々な問題の詳細については、過去の連載記事や、4月に刊行された拙著『高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉』(集英社新書)をご参照いただきたい)。
この国会では、衆参議院の厚生労働委員会でも予算委員会でも、高市首相と上野厚労相は野党側からの質問に対して官僚の用意した定型句的な答弁を繰り返すばかりで、野党側質問と政府側答弁の論旨が噛み合うことはほとんどなかった。結局、2025年12月末に閣議決定して政府が示した〈見直し〉案はなにひとつ修正されないまま2026年度予算が成立し、これにより、2026年8月からの自己負担引き上げも事実上確定した。
この予算成立以降は4月と5月に健康保険法等改正案が議論され、OTC類似薬(市販薬と同等の成分・効能を持つ処方薬)の扱いなどとともに、高額療養費制度の運用課題などが議論に上った。これらの問題に関しても、予算案審議と同様に政府側はまともに取り合う様子をほとんど見せなかった。だが、この議論の場となった衆参各厚生労働委員会では、法案通過に際し、野党側が指摘してきた課題などが「付帯決議」として盛り込まれることになった。
具体的には、衆議院の付帯決議では全十七項目のうち、第十項から第十二項までが高額療養費制度に関する記述になっている。
第十項は、治療時の収入変動(減少)、扶養家族などの要素に留意することや、支給に関する事項を定める際には当事者・学識経験者・保険者などが参画する社会保障審議会で充分な意見を聞くこと。第十一項が、多数回該当や年間上限に該当しない(短期の)制度利用者も医療アクセスが阻害されないよう留意すること、引き上げの影響を詳細に検証し、必要に応じて速やかに見直すこと、保険者間格差の是正を進めること。第十二項では、多数回該当リセットや複数診療科合算などの課題を改善するように検討を進めること、等々が記されている。参議院の付帯決議では第十一項から第十四項が高額療養費関連で、内容は衆議院のそれと同様だ。
法案可決に際してこれらの付帯決議が記されたことは、2024年末の当初案判明時から患者団体が与野党議員に幅広く粘り強い要望活動を続けてきた努力の成果といえるだろう。また、彼らの要望を真摯に受け止めた与野党議員の誠意の反映、といってもいいかもしれない。いずれにせよ、自己負担上限額引き上げの影響に対する配慮の要請が、付帯決議とはいえこのように明文化されたことの意義は大きい。
ただし、付帯決議は本則でも付則でもないため、法律としての拘束力はない。たとえば、これから行われる制度運用の実態が、付帯決議に「~に留意すること」と記された事項にそぐわないものであったとしても、法的な罰則は下されない。その意味では、付帯決議はあくまでも道義的責任の範疇を超えるものではないため、高額療養費に関する今後の議論はけっして楽観視できるわけではない。
たとえば、上野厚労相は2026年8月の引き上げと2027年8月の引き上げ案を「パッケージ」として実施する、と何度も述べている(2026年4月2日参議院厚生労働委員会、4月7日閣議後記者会見等)。また、7月24日には改正健康保険法に関連する政令を閣議で決定した。これにより、政府は2年越しの二段階引き上げも決定したことになる。
一方で、上記の付帯決議には「制度の見直しによって、国民の健康状態の悪化や医療費の増大につながることのないよう、所得区分別、年齢別、疾病別など詳細な影響を継続的に検証し、必要に応じて速やかに見直しを行うこと」(衆議院第十項、参議院第十二項)と記されている。
この改正健康保険法について厚労省が配布した資料では、「高額療養費の支給要件を定める際には、特に長期療養者の家計への影響が適切に考慮されるよう、法律上明確化する」と記し、その施行日は「令和8年8月1日」とされている(資料P1)。つまり、今年8月1日に実施する引き上げの影響を検証せずに来年8月の引き上げも「パッケージ」として実施するのであれば、政府は上記の付帯決議を無視している、と批判されてもしかたないだろう(とはいえ、それが「法律違反」にならないことは上記説明のとおり)。
いずれにせよ、7月24日の閣議決定からも明らかなように、政府は今年8月の引き上げで発生する影響を考慮せずに来年8月の引き上げも自動的に行うつもりでいるようだ。
2025年12月24日の第9回高額療養費制度の在り方に関する専門委員会で厚労省が配布した資料でも、その実施による財政影響と保険料軽減効果について、「令和8年度満年度ベース(令和8年8月施行分)」「令和9年度満年度ベース(令和9年8月施行分)」と、各年度の試算と2年分の財政影響全体を示す推計値として記されている。ちなみに、今国会で「1ヶ月あたりペットボトル1本分程度の保険料軽減」と野党議員が指摘していたのは、こ22年分の財政影響全体に基づいた数値だ。
しかし、2024年12月に政府が提示した当初の〈見直し〉案が翌年1月から3月の国会で紛糾した際に、野党や世間から全方位的な批判を浴びた政府は、2025年8月から2027年8月まで3年越しで計画していた引き上げ案のうち2年目や3年目の引き上げ分を見送る、といった段階的譲歩を行っていた。それを想起すれば、今回の〈見直し〉も2026年と2027年の引き上げ分をそれぞれ独立して議論することは充分に可能なはずだ。
そもそも、各年度の自己負担上限額引き上げは、各年度の予算案に紐付いた議論として年度ごとにその是非や妥当性が精査されるべきものだろう。厚労省はこの負担引き上げによる社会保険料抑制効果のみを前面に出して主張するが、今回の引き上げの発端は、こども未来戦略加速化プランに必要な「子ども・子育て支援金」の資金調達として、高額療養費に白羽の矢が立ったからであった(この詳細は『高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉』第2章 part1を参照)。
そうであればなおさら、自己負担上限額引き上げによる公費節約効果は、当該年度の予算案に関連する事項として議論するのが本筋だろう。













