ストーカー対策から、初めての“いじめ調査”へ

その後、阿部さんは2003年に「T.I.U.総合探偵社」を立ち上げた。会社を立ち上げた経緯についてこう振り返る。

「友人や大手の探偵事務所から仕事を回してもらい、追っかけて15万円もらって喜んでいたのですが、探偵業界を知れば知るほど、相場がない世界だというのを知りました。相場を吊り上げるだけ吊り上げたり、依頼者のケツの毛まで剥くみたいなことは日常茶飯事だったんです。僕が15万円をもらうわけですから、依頼者はもっと高額を支払ってる。これだと本当に困っている人は依頼できないだろうなって……。

そんなタイミングで若手の探偵仲間3人で飲んでる時に勢いで、会社作る? って話になって。朝まで飲んだ帰りに3人ベロベロの状態で近くの法務局まで歩いて行きました。話を聞くと当時は合名会社なら設立費用は6万円だと言うので、『おい、みんな財布出せ』ってその場で設立しました」

法務局のイメージ(写真/shutterstock)
法務局のイメージ(写真/shutterstock)

いざ探偵会社を設立しても、実入りのいい浮気・不倫調査などは広告費が高くて出せなかったという。仕事もほとんど入らず、最初の1年は3人とも給料をもらえない状態が続いた。

そこで、阿部さんたちが打開策として目を付けたのが、「ストーカー事案」だった。

「ストーカー事案の依頼って危険だということもありますし、蓋を開ければ“妄想”だったみたいな厄介な依頼者も多かったりするんです。なので、大手はできれば引き受けたくないという実情がありました。僕たちはあえてそこに突っ込んでいくことにしました。

キャバクラとかクラブとかに行って、オーナーさんに『キャストに対するストーカーがいたら僕ら使ってください』って片っ端から回りました。その流れで僕は鍵の勉強もして鍵師として鍵の交換もできるようになっちゃいました。その頃は探偵とか関係なく、鍵の交換の仕事も受けていましたから(笑)」

探偵業より鍵交換の仕事の方が儲かっていた時期も……(写真/shutterstock)
探偵業より鍵交換の仕事の方が儲かっていた時期も……(写真/shutterstock)

そんななか、阿部さんたちの噂を聞きつけた依頼者がいた。お嬢様学校に通う娘を調査してほしい、という依頼だった。当時はいじめ調査を売りにしていた探偵社は皆無で、学校内に入れないなどハードルも高く、依頼者はどこの探偵社からも断られたという。結果的に阿部さんたちは2004年に初めて子どもの「いじめ調査」を受件することになる。

「最初は僕も断っていました。でも、父親は諦めず3度目に来た時は待ち伏せをしていて、『警察に行ってもダメだし、他にどこに行ってもダメだ。金ならいくらでも払う』って。このままだと父親が他社に高額をだまし取られる可能性もあるな、と思い、引き受けました。

内容は『娘が万引きをして停学になった。ただそういうことをする子じゃない。いじめじゃないか?』と。それで娘さんが塾に行く日を監視してみることになりました」