最後の雑誌インタビュー

稀代のアーティストとなったマイケル・ジャクソンはあるときから一切のインタビューを受けなくなった。

1979年8月にエピック・レコードからの初のソロ・アルバム『オフ・ザ・ウォール』(クインシー・ジョーンズ・プロデュース)を発売し、未曽有の成功を収めて以降、いわゆる紙媒体のインタビューを極力さけるようになり、雑誌インタビューとしては、1982年8月20日、ロサンゼルス・エンシノにあるマイケルの自宅近くで行われた、ニューヨークのアーティスト、アンディ・ウォーホルによる『インタビュー』誌のものが事実上最後のものとされている。

ちょうどエンシノの自宅がリフォーム中のためマイケルは一時的に別宅に居住していており、そこでインタビューが行われた。マイケルが映画『E.T.』に感動し、そのサウンドトラックに参加、それがまもなく発売されるであろう時期だった。その後、世紀のベストセラーとなる『スリラー』の制作が進んでいる時期でもある。

ボブ・コラチェロが聞き手となり、途中からアンディ・ウォーホルが電話で参加したこのときのインタビューは、マイケルが表紙を飾った『インタビュー』誌の1982年10月号に掲載された。

なぜマイケルは紙媒体のインタビューを受けなくなったのか、一度、マイケルの妹ジャネット・ジャクソンに尋ねたことがある。

ジャネットによれば「メディアには自分が言ったことと真逆のことが書かれたり、本当におもしろおかしく事実を歪曲して書かれることが多くなったので、そうしたインタビューがすっかり嫌になっていたから」と答えた。

確かに『オフ・ザ・ウォール』がそれまでのブラック、R&B、ソウル・ミュージックのアーティストの中では群を抜いたセールスを記録し、その人気ぶりが幅広くポップの世界に浸透するにつれ、メディアのゴシップ、ときには茶化すような記事が激増した。

言ってもいないことが、あたかも言ったかのように書かれたり、言ったことが正しく報道されなければ、それは嫌気もさすだろう。なお、日本では比較的行われている取材対象者による原稿の事前チェックはアメリカのメディアではまずない。メディア側がしっかり編集権を保持しているためだ。

結局、マイケルはその後、原則として編集・改ざんなどされる可能性がきわめて低い、テレビの生放送によるインタビューのみ応えるようになった。それ以外でマイケルの声や主張、コメントなどが聞かれるのは、なんらかの記者会見のときの質疑応答くらいになった。

しかし、この時期以前からもある程度そうだったのだが、マイケルの心の底から湧き出ててくる主張、意見、コメントが、以降はより、彼が作り出す「歌」「楽曲」の「歌詞」そのものに込められているように思える。マイケル・ジャクソンが何を考え、世界情勢に対してどのような意見をもち、自身の哲学に照らし合わせて、どういう歌を歌っているか。

それを知ればある程度マイケルの考え、人となりがつかめるわけだ。一方で、マイケルはその派手な動きや、華麗なダンスによる「ヴィジュアルのイメージ」が圧倒的なために、そうした主義主張の強さが薄められてしまう側面がある。

これからマイケルの発言をテーマごとに見ていくわけだが、より彼の真髄に近づくためにも楽曲に込められたメッセージも読み取っていこうと思う。

映画『Michael/マイケル』(全国公開中)
®, TM & © 2026 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

映画『Michael/マイケル』公式サイト
https://www.michael-movie.jp/
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