2026年3月に、SNSで反響のあった集英社オンラインの記事ベスト5をお送りする。

第1位は、いわき市で3月11日に給食の赤飯が廃棄されてしまったという事件の記事だ。「大震災の追悼の意を表すべき日なので、赤飯はふさわしくない」との判断は正しかったのか。市に取材した。
第2位は、今も続くイラン攻撃の記事だ。この攻撃で得をしたのは誰だったのか。
第3位はWBCのアメリカ1次リーグ敗退危機についての記事、第4位はNetflexドラマ化で話題の細木数子氏の娘のインタビュー記事、第5位は元シェイプUPガールズ中島史恵さんのインタビュー記事だ。

第1~5位のランキングは以下の通り。

第1位
「卒業を祝って何が悪い」3.11に給食の赤飯2100食が廃棄で大炎上…「赤飯は法事などで食べられることもある」といった声も、いわき市の判断に広がる波紋

第2位
イラン攻撃の真の勝者はトランプではない…アメリカの世論が引き裂かれるのを傍目に「ひとり勝ち」した人物の名前

第3位
〈WBC〉アメリカ一次リーグ敗退なら、実は侍ジャパンに生じる3つの「大きな損失」

第4位
娘が語る細木数子の晩年と最期…タッキー弔問と「地獄に堕ちるわよ」の言葉に込めた想い

第5位
不妊治療、子宮全摘、終活…元シェイプUPガールズ中島史恵57歳が明かす“女性の決断”と「今が幸せ」と言えるワケ

↓以下記事本編

50代にして美しいプロポーションを保つタレントの中島史恵さん(57)。バブル崩壊直後に誕生したシェイプUPガールズとして芸能活動をスタートし、解散後も「美と健康」について発信し続けている。インタビュー後編では、常に「無理しすぎず、向き合ってきた」という自分の体とのつき合い方について聞いた。(前後編の後編)

42歳で不妊治療、53歳で子宮全摘…「もちろん抵抗感はありました」

42歳で初めての結婚をした中島さん。妊娠のタイミングとしては遅めだが「子どもがほしい」という思いはあった。そのため結婚後、すぐに不妊治療を開始した。

「最初はもちろんタイミング療法というのを実施しましたが、すぐに体外受精を始めました。夫の協力が必要不可欠な治療だからこそ、ここで衝突するご夫婦も多いなか、夫はとても協力的でした。

彼はすでに前の奥さんとの間に子どもがいましたが、私の『子どもがほしい』という思いに全面的に協力してくれたんです。42歳から46歳まで不妊治療をしていました」

中島史恵さん(撮影/集英社オンライン)
中島史恵さん(撮影/集英社オンライン)
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不妊治療に取り組んだ中島さんだが、「不妊治療には着床や妊娠成立以外のゴールがない」という。結果的に子どもには恵まれなかったが、新たな目標も定まった。

「もちろんあの当時は毎月、採卵し着床の結果を聞くたびにショックは受けてはいました。でもちょうど同じタイミングでヨガスタジオ『avity代官山スタジオ』を始める話をいただいて。

スタジオ運営をしながら治療は続けられないし、ちょうどその時に採卵した卵子にうまく着床しなかったこともあって、『不妊治療はここで終了』という区切りもつきました。スタジオの開店準備に夫が協力してくれたのもありがたかったですし、気持ちの切り替えになりました」

シェイプUPガールズ時代の中島さん(写真/本人提供)
シェイプUPガールズ時代の中島さん(写真/本人提供)

その後、スタジオは10年間続けることに。常に「心と体の健康」を気遣ってきた中島さんだが、53歳の時に子宮を全摘出する手術を受けた。

「私、今でも毎年1回は必ず人間ドックを受けているんですけど、52歳の時に子宮筋腫が9㎝くらいまで大きくなっていることがわかったんです。30代の時からずっと診ていただいている婦人科の先生に聞いたら『今後、ホルモン治療を続けるなら、子宮を全摘出したほうがいい』と勧められました。

もちろん子宮を摘出することに抵抗感はありました。女性のシンボルのような臓器と思っていたから。でも先生からは子宮をとることのメリットを聞き、納得して全摘手術を受けました」