カール・ゴッチと動物園に行って…

〈72歳で現役レスラー〉藤波辰爾が明かす「体が動き続ける人」の朝習慣…秘訣はベッドの中の5分_3

――藤波さんは20代前半の若い頃、米国フロリダ州の“プロレスの神様”カール・ゴッチさんのもとで数ヶ月間修行してたんですよね。

藤波 あの時、ゴッチさんはもう50代で試合はしてなかったんだけど、トレーニングは毎日欠かさず続けていたからね。

――ゴッチさんは82歳で亡くなる直前までずっとトレーニングを続けて、生涯レスリングを追求していたそうですからね。

藤波 そうでしょ? ゴッチさんは「レスラーにとって最も大事なことはトレーニング、コンディショニングなんだ」っていうことを常に言っていたからね。技の研究ももちろん熱心なんだけど、それ以前に「まず、自分の身体を常に動ける状態にしておかなきゃいけないよ」と、いっつも言われてましたよ。

――そういうゴッチさんの姿勢が、藤波さんに強い影響を与えたわけですね。

藤波 僕も若かったからね、それをすべて素直に聞いて、フロリダではとにかく毎日練習ばかりでしたよ。ゴッチさんのところは、バーベルとかウェイト器具が一切ないんだもん。器具といえば、コシティとか、ロープ登りとか、体操の吊り輪、それしかないからね。そんな練習ばっかりしてたら、そりゃコンディションはよくなるよ(笑)。

――藤波さんは、1978年にWWWF(現・WWE)ジュニアヘビー級王者として、当時のプロレスラーとしては珍しい脂肪の少ないバキバキな身体をしていましたけど、あれは見栄えのいい身体にしようと思ったわけじゃなく、トレーニングで自然とああいう身体になったんですよね?

藤波 そう。僕は本当は体重を増やしてお腹を出したかったんだから。でも、ゴッチさんのところでずっとトレーニング漬けの日々だったので、太れなかったというだけでね。

――ストイックな生活を強いられていたわけですね。

藤波 ゴッチさんはもともとアマチュアのオリンピック選手だったでしょ?(1948年ロンドン五輪ベルギー代表) プロレスの考え方が、いまの総合格闘技みたいなんだよね。だから、あの人はアメリカンプロレスを観なかったから。

――エンターテインメント的なことではなく、とにかく強さを求めていた、と。

藤波 僕がフロリダのゴッチさんの家にいた時は、日本からプロレス雑誌が送られてくるのが月に一度の楽しみだったんだけど、「こんなの見る必要ない」って全部没収だもん。その代わり、「おまえはこれを読め」って渡された本が分厚い昔のパンクラチオンが載っているような技術書だからね(苦笑)。そんなのばっかりだもん。

――マインドコントロールですね(笑)。

藤波 それで練習休みの日に動物園に連れていってくれたことがあるんだけど、ゴッチさんの場合は動物を見て楽しんだり、癒されたりするために行くんじゃないから。ゴリラとかライオンの檻の前でじーっと観察してね。筋肉の動きを参考にしようとしている。「ああいう筋肉をつけなきゃいけないんだ」って、野生動物と一緒にされちゃうからね(笑)。