海外の戦争より身近なクマ被害に関心を抱くワケ
「一つ目は、私たちに生まれつき備わっている本能的な恐怖の記憶があるからです。進化心理学において、マーティン・セリグマンらが提唱した『準備された恐怖(Preparedness Theory)』という理論があります。
これは、人間が過去の生存競争の中で、大型の捕食動物といった特定の刺激に対して、遺伝的に恐怖を感じるようプログラミングされているというものです」
つまり、クマの出没は、祖先が大型捕食者に襲われたかもしれない記憶を、生存本能レベルで呼び覚ましているというのだ。
「そして二つ目が、私たちに過剰なリスク認知が発生しているからです。認知心理学の分野に『可用性ヒューリスティック(Availability Heuristic)』という理論があります。
これは、人はニュースなどで鮮明に報道され、記憶に残りやすい情報を、実際のリスクの大きさよりも高確率で発生すると過大評価しがちである、という理論です」
簡単に言えば、遠くの大きなリスクより、自宅近くで人がクマに襲われた事件のほうが鮮烈に映り、そしてリスクを過剰に感じてしまうというのだ。
「事実、今やクマは特定の場所(山奥や海岸など)ではなく、市街地、住宅街、通学路にまで出没し、現実に人身被害を発生させています。ここまで日常生活が脅かされると、『特定の場所を避けさえすれば安全』という社会の前提は破壊します」
つまり、私たちの日常生活を送る「陸上の安全地帯」そのものが、極めて無差別的かつ不可避な脅威に脅かされているのだ。
「クマ被害は、発生場所やタイミングを個人が制御できないという点で、無差別性の高い犯罪に対する恐怖と共通する側面を持つといえるでしょう」
事実、SNSでの反応を見ると、クマの出没は単なる「隣の町で起きた事件」として消費できない人が多い。
「コントロール感の喪失が起きていることが原因でしょう。リスク認知に関する心理学の研究では、個人でのコントロールが不可能なリスク、例えば無差別殺人や予期せぬ自然災害に対して、人間は過剰な恐怖と不安を感じることが明らかになっています。
自分がどれだけ注意しても、クマの出没と被害は防げません。コントロール不可能なのです。その結果、地域を問わず、全国民が深刻な不安感を共有しているのです」













