生き地獄の始まり
しかし本当の罰は、刑務所生活ではありませんでした。
事件後、私は弁護士を通じて、妻に財産のほとんどすべてを渡して離婚しました。妻の実家も裕福なので、子どもを連れて実家に戻れば、それで済むと思っていました。一生生活に困らないだけの金額は支払っており、子どもたちの将来が閉ざされるなどとは考えてもみませんでした。
弁護人の話によれば、偶然にも世の中を騒がせるニュースが続いていた時期だったこともあり、私が起こした事件はそれほど世間の耳目を集めたわけではありませんでした。やっぱり私はラッキーだ。留置場の中で、私はそんなことを考えていたのです。
しばらくして、妻が面会に訪れました。今では申し訳ないと思っていますが、当時は妻に対しての贖罪の気持ちなど微塵もありませんでした。妻にとって、私などお金をもたらしてくれるATMでしかないと思っていたからです。
面会室に訪れた妻は、短い間に驚くほどやつれた表情をしていました。
「必要なことは弁護士に頼んでくれ。わざわざこんなところに来なくていいから」
めんどくさそうに私が話しかけると、妻は急に泣き出しました。
「息子は死にました」
私は一瞬、耳を疑いました。長男は、都内の有名大学に進学していました。
「自殺したんです」
「まさか……」
「娘は部屋から一歩も出ようとしないし、どうしてくれるの……」
妻はそう言って、泣き崩れました。
私は事態が十分に吞みこめず、アクリル板の向こうで泣いている妻を見ていることしかできませんでした。
面会時間終了を告げられても、泣き崩れてその場を動けなくなっている妻を、女性警察官が抱えながら運んでいったのです。
自宅は売却し、妻と娘は妻の実家で生活していますが、あれだけ活発だった娘は精神のバランスを崩し、事件から五年以上経った現在も、社会復帰はできていないそうです。
もし息子の命が戻ってくるのなら、娘が元気になるのなら、私の命を喜んで捧げますし、どんな拷問でも受けるつもりです。しかし、遅すぎたのです。これ以上の罰はありません。いっそ死ねたら楽ですが、ここではそれができないよう監視されています。私は一生、生き地獄を味わうのです。
性犯罪は「魂の殺人」と呼ばれ、長期的に被害者を苦しめます。本人だけでなく、家族もそうでしょう。そして当然に、加害者家族も一生苦しみ続けなければならないのです。
金さえ払えばなんとかなる、金がすべて。それは私だけでなく、世界の価値観だと信じて疑いませんでした。なぜなら、私の人生がお金で支配されていたからです。
もしかしたら、私はお金に復讐したかったのかもしれません。
文/阿部恭子













