あのにとって「吐く」が意味するもの
本書のタイトルには「哲学」という言葉が使われているが、いわゆる哲学書を読んで考えたものではなく、いつも自分が考えていたことをそのまま文章に残しておきたいという思いからだったという。
「僕は哲学というのもあんまり知らないし、ぶっちゃけ哲学なんてなくても生きているでしょって思ってたんです。でも、そういう考え自体も哲学だなっていうことも知って。『哲学なんて』と思っている人に手に取ってもらえるタイトルにしたかったし、受け取った人がどう解釈していくかっていうのも興味があります」
本書のなかで、音楽活動をはじめた頃にあのが目的地に向かう途中、渋谷のスクランブル交差点でゲロを吐いてしまったというエピソードがある。
あのが生み出したキャラクター「ニャンオェちゃん」は、灰色の猫が虹色のゲロを吐くという特異なビジュアルをしている。また、「紅白歌合戦」で披露した『ちゅ、多様性。』では、「Get on chu!」というフレーズを「ゲロチュー」と聴こえるように歌って話題を集めた。さらに、ファーストアルバムのタイトルは『猫猫吐吐』で『猫吐極楽音頭』という楽曲も収録されているなど、「吐く(ゲロ)」というワードはあのを象徴するもののひとつになっている。
「最近はあの渋谷みたいなことはないんですけど、ちょいちょい吐き気を感じるときはありますね。本当に気持ち悪くなることはあります。もう、吐こうと思ってるんじゃなくて、追い詰められちゃうみたいなことがあるっていうか。締め付けられすぎて苦しくて気持ち悪いっていうか」
あのがキーワードにしている「吐く」ことは、「吐く」ことで自分の体や心が大事なものを守ろうと必死に抵抗している、生きようとする姿勢のようにも思えてくる。
9月3日にはanoの初となる日本武道館公演『呪いをかけて、まぼろしをといて。』が行われた。アリーナ中央に作られた円形のセンターステージは駆けつけた1万2000人の観客一人ひとりとあのが向き合っている特別なものとなった。
「本当にどっちが前と後ろって感じないぐらい、すごくいろんな方向からパワーをもらえました。けっこう自分はかっこいいと思ってライブをやってるんですけど、ファンの人たちがこんなに好きを貫くこととか、そういう気持ちが伝わってきてかっこよかったです。
それってすごく自分の好きを信じてる、僕を信じてるように思えたから、やっぱりめちゃくちゃ武道館に来てくれた一人残らず、かっこいいなって」
全体的な一体感というより一人ひとりがanoと向き合い、彼女もまた観客と向き合っていると思える素晴らしい空間が武道館に広がっていた。
誰にも言えない気持ちや苦しみを抱え込むのではなく、吐き出すこと。死や暗闇を否定するのではなく、そこから生や光のほうに向かっていけること。「あのちゃん」という存在は、そんな姿勢を教えてくれる。
取材・文/碇本学 撮影/杉山慶五
スタイリスト/神田百実 ヘアメイク/夕紀













