30年間の積み残し

たぶん、僕は基本的に他人を信じてないんです。

思い起こせば、そうなったきっかけも元カノの美智子でした。彼女と別れる引き金になったのは、彼女がある日の夕方に首に巻いてきた、僕が見たことのないマフラーです。

当時の僕は、そのとき感じたんですよ。「ああ、美智子は僕以外の人に気持ちが向いている」と。そのマフラーは、明らかに「僕に向けて巻いたもの」ではなかったので。

美智子に確認はしていません。確認しないまま、別れました。だけど、僕には絶望的な確信がありました。

その件は、今もって答え合わせがされていない、僕の人生における大きな積み残しです。上書きもリセットもされていない。僕はこの30年間、解かれていない問題を抱えてきました。30年間、「人の本心って、本当のところはどうなんだろう?」と虚空に問いながら生きてきました。

どんなに仲の良い、ほころびのない交際相手でも、長年連れ添った夫婦でも、本心なんてわからない。そういう疑念を、現在の妻である真知子にも、現在の自分自身にすらも抱いているということです。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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自分にしか興味がない

僕の子供たちも、大切は大切だけど、やっぱりどこまでいっても他人ですよ。本心なんて知る由もない。

実は、子供たちの趣味がなんなのか、どういうことに興味を持っているのかは、よくわからないんです。会話もするし関係性も良好ですが、子供たちは本心を僕に見せてくれない。

いや、僕が積極的に知ろうとしないだけなのかもしれませんが。

結局、僕は、本質的には自分にしか興味がないんだと思います。そういう厨二っぽい考え方は親になったら変わる、と主張する人もいるけど、僕の場合、まったく変わりませんでした。

結婚しようが子供が生まれようが、僕の精神性には一切変化がなかったと言いきれる。今現在も、「美智子と別れた30年前の延長線上に立っている」という感覚が抜けきれていないんです。

これは妻や子供たちには絶対に言えないことですが……。今この瞬間、僕たち家族が歩いている歩道に、猛スピードのトラックが突っ込んできたとしましょう。そのとき、僕が子供たちや妻の身代わりになって死ねるか? と問われたら、「もちろん」とは即答できません。その瞬間になってみないと、本当にわからないんです。

写真はイメージです(PhotoAC)
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もしかしたら、「妻や子供たちより、自分が生き残りたい」という気持ちが勝ってしまうかもしれない。

それこそ、この話は墓まで持っていきます。

文/稲田豊史 サムネイル/PhotoAC

『ぼくたち、親になる』(太田出版)
稲田豊史
『ぼくたち、親になる』(太田出版)
2025/10/8
1,980円(税込)
256ページ
ISBN:978-4778340537

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