美容師がスター 2000年代の新現象
筆者は2000年代、男性ファッション誌『smart』の編集長を務めていたが、当時のファッション誌業界では、ある異変が起きていた。
それまでファッション誌の主役はあくまで服だったが、突如ヘアスタイルも主語として浮上してきたのである。
きっかけは、2000年創刊のメンズヘア&ファッション誌『CHOKi CHOKi(チョキチョキ)』。原宿や渋谷の人気ヘアサロンと組んだ同誌は、若手美容師や読者モデルを誌面でスター化させていった。
象徴的な人物は奈良裕也だ。
原宿の有名美容室・SHIMAのスタッフだった奈良は、20代前半だった2000年代前半、あらゆるストリートファッション誌のスナップコーナーに出ずっぱりだった。こまめに変化する奈良のヘアスタイルとコーディネートは常に注目の的で、様々なことが模倣の対象となった。
奈良裕也は非常に端整な顔立ちでバランスの取れたスタイルを持つ好男子だが、身長は小柄。それに、会おうと思えばいつでも会いにいける現役ヘアサロンスタッフだ(全盛期は予約殺到で非常に困難だったというが)。
そうした親近感がカリスマ性をより高める結果につながったのだから、我々メディア側も驚くべき新現象と受け止めていた。
奈良裕也の人気が爆発すると、続けとばかりにスナップの常連となる美容師が続出。彼らのような人気サロンスタッフを指す“おしゃれキング”という呼び名も生まれる。
彼らのスタイルはどちらかといえばアンドロジナス(両性具有的)で、ハイブランドと古着をうまくミックスしたり、重ね着を多用したりする小慣れた着こなしを指すサロン系なるファッションジャンルも生まれ、専門誌まで出るほどの盛り上がりとなったのである。
外はねパーマ、ウルフカット、ソフトモヒカン
また当然のことながら、プロの美容師である彼らは、みずからがモデルとなって最新のヘアスタイルを披露し、流行を作り出していく。
ディテールは百花繚乱だったが大まかに分けると、当時の人気ヘアスタイルは以下である。
外はねパーマ……滝沢秀明などジャニーズ系アイドルがよくしていた、長めのサイドと襟足を外にはねさせるパーマスタイル。2000年代前半から流行し、髪型にこだわる若者の主流スタイルとなっていった。
ウルフカット……トップをたてがみのように立たせ、襟足を長めに伸ばすワイルドな印象のスタイル。2003年にK-1でチャンピオンになった格闘家・魔裟斗さんなどが有名。
水嶋ヒロ風パーマ……2005年に俳優デビューした水嶋ヒロ風の、セミロング黒髪にパーマをあて動きを出すスタイルで、2000年代後半に流行。少年から大人への移行期、成熟一歩手前の男の色気を醸し出すスタイルとして、特に女性から人気が高かった。
ソフトモヒカン……2002年の日韓共催FIFAワールドカップで、イングランド代表デビッド・ベッカムがこの髪型をしていたことから、サッカーフィーバーと相まって爆発的な人気に。当初は「ベッカムヘア」とも呼ばれた。
バリアート……EXILEのATSUSHIの影響で、坊主に刈り込み(バリアート)を入れるスタイルが流行。その後、サイドのみ短くして模様を入れるアレンジも広がった。
こうしたスタイルがメディアで頻繁に紹介されると、やがて全国に普及。平成中期“イケメン”の定型が完成していく。
ドラマ『花ざかりの君たちへ〜イケメン♂パラダイス〜』は、まさにその見本市のような作品だったのだ。
また、忘れてはならない当時の特徴が細眉である。
男性が眉毛を整える文化は、2000年代に急速に一般化。コンビニにはメンズ用眉用ケアグッズが並び、美容室では「眉カット」がメニューに加わった。
明確な起点を特定するのは難しいが、1990年代後半の安室奈美恵ブームを通じて「細眉=洗練」の価値観が広まり、男性にも波及したのではないかという説が有力である。













