苦しみの体験を恵みに変えられた
そうして、キリスト教の神学校に入ったのは33歳のときだ。もともとAAを広めたのが神父ということもあり、教会には親しみを感じていた。大きな教会の近くを通りかかり礼拝に出てみたら、「ホッとするような懐かしい感じ」がして洗礼を受けたのだという。
「学校に行けない子が教会に息抜きに来ていたりして、共感できる部分があって。自分の体験も役立てるかなって思いが芽生えたんです」
だが、礼拝で出されたワインを「1口なら大丈夫」と飲んでしまい、9年間おさまっていたアルコール依存症が再燃。記憶を失うまで飲むようになってしまう。挫折しかけた森野さんを救ってくれたのは、またしてもAAだった。再びミーティングに通い始めて断酒。それ以来、6年間、酒は一滴も飲んでいない。卒業後は教会関係の仕事に就いた。
今は仕事の合間を縫って、HA(ひきこもりアノニマス)という自助グループの活動に力を入れている。AAで回復した経験を生かして、ひきこもりの支援をしたいと2010年に仲間と立ち上げたのだ。毎週、ミーティングや依存症回復プログラムの12ステップを行ない、生きづらさや苦しみの軽減を目指す。
「ひきこもっていたときは、なんであそこまで思い詰めていたのかなって、今は思います。もう少し、うまく学校に戻れたら、普通の青春を味わえたんじゃないかなと思うときもあります。そういう話も、ひきこもりという共通の体験をしている人同士の方がより深く語り合えるし、共感も得られるので。
今まで苦しんだけど、普通はたどれない道を歩んだおかげで、巡り巡ってHAもできたし、何でも話せる仲間にも出会えたので、よかったなと。苦しみの体験を恵みに変えられたんですね」
充実した様子に、「自分の人生に悔いはない?」と聞くと、「まだ言い切れはしないかな」と本音をもらす。
「なんでだろう。たぶん、人生が終わる日まで悩むんでしょうね。ここまで徹底的に掘り下げてくださって、ありがとうございます」
最後に感謝の言葉を口にして、急ぎ足で去って行った。
〈前編はこちら『「拒否児」と呼ばれた45歳ひきこもり男性の誰にも言えなかった秘密』〉
取材・文/萩原絹代