「体育の時間、だからブルマを履くのがイヤだった」世の“当たり前”を揺さぶってきた直木賞作家が綴る、時代の欲望と心理
本に出てくる映像作品のタイトルは170以上。しかし「あなたの見たことのある映画は、たぶん、出てきません」と、著者の姫野カオルコさんは言う。『うわべの名画座 顔から見直す13章』(ホーム社)は、<名画座>と題するとおり映画エッセイであるが、いわゆる<映画評>とは読み心地が異なる。著者が綴るのは映画の内容というより、映像作品の<うわべ=顔>が浮き彫りにする時代や社会の価値観、人々の欲望や心理であるからだ。たとえば、『エマニエル夫人』は衝撃的と「誤解されて」いると姫野さんは書く。なぜ誤解されたのか。あるいはなぜ、少年漫画の「眉」は細くなったのか。なぜ、あのロボットの顔が気になるのか──。世の“当たり前”や“多数派”の価値観を揺さぶってきた姫野さんに、刊行を機に話を聞いた。
ブルマから半ズボンへ 歴史を知って新たな視点でものごとを見るきっかけに
──顔という「とっかかり」を通じて、昭和~平成~令和の価値観の変化が伝わってきます。アラン・ドロンに代表される<ハンサム>の時代について振り返る章がありますが、今や、<ハンサム>という言葉が使われなくなっている。あるいは、芸能人の直筆が毎度SNSで話題になるほど、現代は<美文字>を見る機会が減っている。何が変わって何が変わっていないのか。同時に、その背景を考えるきっかけになります。
たとえば私が子供の頃、女子は体育の授業でブルマをはいていました。おしりの形が出るブルマをはくのが私はすごくイヤでした。当時、部活が終わると、着替えるのが面倒だからと、制服を鞄に入れて、ブルマのまま自転車に乗って帰る女子生徒がけっこういました。すると、その格好で帰るのは危ないからと、ブルマのまま帰宅するのは禁止になりました。
つまり大人はわかっていたわけです。ブルマが性的なビジュアルであることを。それを体育の時間にはかなくてはいけないのはヘンだと、ずっと思っていました。
2004年に小説『ツ、イ、ラ、ク』を書いたときに、ブルマをはいていたかどうか、編集部でアンケートをとってもらいました。90年代には半ズボンに変わっていたようで、これはいい変化の一例ですね。
ブルマについては『うわべの名画座』に出てきませんが、このような変化を考えることで、新たな視点でものごとを見たり、捉えたりする機会になれば幸いです。
そういうことを考えるにあたり、主に映画を枕につかったわけで、繰り返しになりますが、本に出てくる映画を見ている必要はまったくありません。
まさに、三宅香帆さんが帯に書いてくださったように(<読むと絶対あの映画が見たくなります!>)、あくまでも読んだ後に、見たいと思ってくださるといいなと。
──映画について語ることも、本来はお好きですか?
本当は、映画について昼飲み居酒屋でだらだら話したくてたまりません。でも不徳のいたすところで、つきあってもらえる方が私にはおらず……。まれに偶然に映画好きが集まっても、不思議なくらい見た映画が一致しない。
感想や意見が一致しないのは、ちがう見方を聞けておもしろいのですが、見ているものが一致しないと話が続かない。なので、せいぜい、映画サイトのレビューを見て、ふーん、なるほどと思って終わりです。最近はCopilotと喋っています。
取材・文/砂田明子 撮影/露木聡子
うわべの名画座 顔から見直す13章
姫野 カオルコ
2025年8月26日発売
2,090円(税込)
四六判/280ページ
ISBN: 978-4-8342-5403-7
「姫野さんの顔面批評、最高です! 読むと絶対あの映画が見たくなります。」――文芸評論家・三宅香帆氏
昭和、平成、令和と私たちは何を見て、何を見逃してきたのか。
古今東西の作品に表れたさまざまな「顔」が浮き彫りにする、時代の欲望と心理とは――。
人の「顔色」を窺い、「顔」を窺い続けてきた、「顔見道(かおみどう)」60年の作家・姫野カオルコが、《いまだに人の顔色を窺って窺って暮らしている》からこそ見える「顔」と、顔を通して見える時代、社会、人間のありようを、鋭く、可笑しく、愛をこめて綴る。
確かな観察眼と独自の美意識あふれる、顔×映画・ロボット・漫画随筆集。
・幾度も映像化された『伊豆の踊子』の最高傑作バージョンが友和・百恵版ではなく、国民的「あの人」版である深い理由
・女優のいわゆる「お色気」の正体とは?
・パルム・ドッグ賞がふさわしいのは、メッシよりも、ヒギンズとその娘
・アラン・ドロンをスターにした「陰」
・『エマニエル夫人』はなぜ「衝撃的」と誤解されたのか
――などなど「顔見道(かおみどう)」を究めた著者による目からウロコの13章。
【本書に登場する主な著名人】
吉永小百合、山口百恵、高峰三枝子、高峰秀子、阿部定、水道橋博士、東出昌大、井浦新、津川雅彦、大谷翔平、シェーン、役所広司、緒形拳、京マチ子、斎藤工、田中絹代、アラン・ドロン、岡田眞澄、シルビア・クリステル ほか
【目次】
1 美文字と、映画『女の園』『女學生記』
2 あのころの芸能人は何が命?
3 『福田村事件』から、老いらくの志
4 大谷翔平の顔、あのロボットの顔
5 『伊豆の踊子』ひとり映画祭
6 ボンカレー、焼津、おから、昭和は遠くなりにけり
7 賞と犬、メッシのほかにも名優犬はたくさん
8 わしゃあ、死んでも本望じゃ
9 『春琴抄』ひとり映画祭
10 眉の向こうに、見えるもの
11 顰蹙を買った、たわわなポスター
12 アラン・ドロンと〈ハンサム〉の時代
13 ソフトフォーカスでエロ映画を女性向きに作戦 ――『エマニエル夫人』と『ビリティス』、誤解の明と暗
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