「へずまりゅうしか思い浮かばなかった」
その演説は、はじまりからやや唐突だった。
「高市早苗、奈良の女です。ヤマトの国で育ちました」
紺色のスーツに身を包んだ高市氏は、破顔一笑すると、「奈良の女としては、奈良公園に1460頭以上住んでいるシカのことを気にかけずにはいられません」と続けた。
さらに、奈良時代の歌人・大伴家持による鹿についての和歌を、独特な抑揚をつけて読み上げ、次のように語った。
「そんな奈良のシカをですよ、足で蹴り上げるとんでもない人がいます。殴って怖がらせる人がいます。外国から観光に来て、日本人が大切にしているものをわざと傷めつけようとする人がいるんだとすれば、皆さん、何かが行き過ぎている、そう思われませんか。
(中略)古い、古いものが大切に、大切にされているところに、そういう日本人の気持ちを踏みにじって喜ぶ人が外国から来るようなら、何かをしないといけません」
演説を聴いていた自民党の地方議員は、「へずまりゅうしか思い浮かばなかった」と振り返る。“へずまりゅう”とは、SNS上で外国人観光客から奈良公園の鹿を守るなどと訴えて、7月の奈良市議選で初当選した元迷惑系ユーチューバーの男性だ。
しかし、この問題を巡っては、公園を所管する奈良公園室が、今年6月の県議会で実態を説明していた。それによれば、関係団体が毎日パトロールをしているものの、意図的に鹿を傷つけるような、殴る、蹴るといった暴力行為は確認されておらず、そういった通報もないという。
さらに、報道によれば、昨年7月に奈良公園内で男性が鹿を蹴ったり、殴ったりする動画がSNS上で拡散されたことはあったものの、動画の男性が外国人であるか否かは未だに特定されていないという。
高市氏やへずまりゅう氏の「奈良公園で外国人からの鹿への暴力行為が常態化している」という主張は、根拠が不十分な面があるのだ。そもそも、奈良公園の鹿を巡っては、2021年にとび工の日本人男性が、オノのようなもので殺害し、文化財保護違反などで有罪判決を受けたこともあり、一概に「外国人問題」というわけでもなさそうだ。
さらに高市氏は所見発表演説で「(会社が)外国人の方を雇うほうが得になる」「(外国人は)警察でも通訳の手配が間に合わないから、逮捕はしても、勾留期間が来てですね、期限が来て、不起訴にせざるをえない」などと主張した。
「これっておかしいですよね。不公平じゃありませんか。まあ何か私たちが持っている公平・不公平、正義・不正義、この感覚を逆なでするような事態が、外国人が増えて残念ながらいろいろ出てきている」
実に演説時間の半分近くを「外国人問題」に費やした高市氏。その後の演説では「今までよりはるかに多くの女性からも選んで活躍していただく」といったプランも提示した。
高市選対関係者によれば、「今回の総裁選で高市氏は自身が選ばれれば、女性初の総理になることから女性議員からの支援を前面にアピールしている」という。実際、推薦人についても、昨年は20人のうち女性は杉田水脈前衆院議員と有村治子参院議員の2人だったが、今回は片山さつき参院議員、生稲晃子参院議員ら5人に増えている。
昨年の総裁選では、国会議員の間で、高市氏の保守的な姿勢に対する警戒感が強かった。その反省から、今回の総裁選では、こうした女性議員の積極登用をはじめ、“高市カラー”を抑え、リベラルな姿勢を打ち出している面があった。
「9月19日の立候補会見でも、総理就任後に靖国神社へ参拝するかどうかを明言せず、これまでの持論を封印していた。ただ、こうした高市氏の姿勢に対して、一部の保守系団体などは不満を抱えていたとされます。所信表明演説で外国人問題に振り切った背景には、岩盤保守層が離反してしまうかもしれないという焦りがあったのではないか」(永田町関係者)