渾身の右パンチがクマの口に……
やむなく再び一人でクマと闘っているうちに、偶然にも繰り出した右拳が口の中に入った。さすがにひるんだのか、鼻先にあったクマの顔が離れ、一気に視界が広がった。クマの顔の他に腹や脚までが見えた。
「最初に一発、弾が当たった横腹から、腸が飛び出ているのが目に入ったんだよね。思わず左手をのばしたらうまいこと届いて、その腸をグッと掴んで思いっきり引っ張ったらベロベローッと出てきてね。
そこで初めてクマはあきらめて、腸を引きずりながら離れていった。手も腕も嚙まれていたけど、興奮状態だったから痛みは分からなかったね」
弾を取って崖の上に戻ってきていたSさんが、慌てて下りてきた。そのとき、「山田さん、手に何持っているのさ?」って言うので目をやると、クマの腸を50㎝くらい左手に握りしめていた。とにかく血だらけだったが、起き上がってライフルだけは自分で探して右手で持って、左手で腸を持って上へあがって行った。下半身はやられていなかったから、歩くことはできた。
知らぬ間に、猟師仲間が何人も集まっていた。
「『大丈夫かっ!?』という声に『大丈夫じゃない、やられた!』ってしゃべったことは覚えているんだけど、あとは記憶ないね。腸はその場で投げた(捨てた)よ(笑)」
クマの口に入った右手には今も歯痕が残っており、親指は神経が損傷してしまい曲がらなくなっている。
クマとの格闘は5分以上続いたとみられるが、69歳とはいえ、やはり元ラガーマンだった山田さんだったからこそ、これだけの死闘を繰り広げることができたのだろうか。恐怖心はなかったのだろうか。
「不思議と怖くはなかったね。振り回されたときは一瞬、『死ぬかな? ダメかな?』とは思ったかな。クマがどういうふうに俺を食べるのか見届けなきゃな、という冷静な自分もいたね。首に嚙みつかれていたら、たぶんダメだったと思うね」
文/風来堂