「東大卒」から見える、日本社会全体の問題
「東大卒の分析を通じて、社会全体の話をすることが、この本の試みです」
『「東大卒」の研究』は、2022年度に本田由紀氏らが実施した質問紙調査がベースとなっている。集まった回答をもとに、本田氏を含む5名の、教育学・社会学を専攻とした研究者が論考を執筆した。
印象的なのが、本文で繰り返される「学歴エリート」という言葉だ。エリートは、高度な能力や資質により特権的なポジションにつく人々を指す言葉だが、「学歴エリート」には、実際の知的能力や教養よりも、一度獲得した「学歴」が既得権益として機能するという、えも言われぬニュアンスが含まれているように感じる。
「世界的には“academic elite”という言葉もあるんです。ただ、日本では大学名が世界全体に比してすごく重みを持っているので、 “学歴エリート”のほうがしっくりきますよね。日本全体に通底する“学歴エリート”という構造の一端が、純粋な形で見えてくる装置が東京大学だ、と思っています」(本田由紀氏、以下同)
ベースとなった回答は、2437名分。卒業生を対象とした調査は過去に前例がなく、過去最大と言っていい規模だ。
編著者である本田氏には長年、ジェンダーやダイバーシティをテーマとした研究に取り組んできた実績があり、本書にも、東大卒女性にフォーカスを当てた分析が多く見られる。
例えば、久保京子氏による「『地方出身東大女性』という困難」。ただでさえ少ない東大女子のなかでもさらにマイノリティである地方出身者に着目し、東京圏との違いや格差を炙り出す。論考によれば、地方出身の東大女性には「読書量が多く」「友達が少なくて」「親との関係があまりよくない」人が多い傾向が見られたという。
「地方から来た学生、とくに女子は、親や地元の空気に抗って東大を選んでいるという傾向がみられます。
学力的に東大に合格できる女子は、各地のトップ校にたくさんいるんですが、“決意”がないと、東大を受けるに至らない。『えっ、○○ちゃん東大なんか行くの? なんか楽しくなさそう』とか言われるんですよ。
人と違うことをしようとする女性を絡めとる空気というのは、日本社会全体の問題です」
また、「東大卒」にまつわる俗説に「女なのに東大なんて行くと結婚できない」というものがあり、これが女性たちの「東大避け」を生んでいるという懸念もある。だが、この俗説は、今回の調査で、真っ向から否定されたという。
2020年の国勢調査での大卒女性の生涯未婚率が27パーセントだったのに対して、東大卒女性の生涯未婚率は17パーセントだったのだ。
「東大卒女性の結婚状況を知ることは、今回の調査のきっかけの一つでしたね。以前、大学院の授業で、学歴同類婚や上方婚について取り上げたものを読んだんです。『上方』がなかなかないのが東大卒女性ですので、その実態は気になりました。やはり東大卒男性と結婚しやすく、同類婚の傾向は強かったです。
とはいえ、男性同様『東大卒』のブランドを持っていても、女性の方は、子供を持つと家庭の引力に引きずられる。同じ東大卒でも、女性の方が仕事に邁進することが、男性に比べて難しいというのがわかりました」