スカウトは選手の母親の骨格を観察する
―田崎さんは、ノンフィクション作家として影響を受けた作品はありますか?
田崎 影響を受けたと言えるほどではありませんが、ドラフトという視点から選手たちを取材した『ドライチ』『ドラガイ』は、「スカウトはどのように選手の才能を見抜くのか?」というぼく自身の興味から生まれた作品です。
その点で参考にさせてもらったのが『スカウト』(講談社 98年)。これも後藤正治さんの著書です。
―プロ野球のスカウトの世界を綴った作品ですね。衣笠祥雄らの才能をいち早く見抜き、80年代のカープ黄金時代を下支えした名スカウト・木庭教を軸に物語が展開されます。
田崎 ぼくの知る限り、スカウトという裏方の存在に焦点を当てた初めての作品かと。球が速い、打球を遠くに飛ばす……いずれも才能の一種ですが、その選手が必ずしも成功するわけではない。じゃあ、「プロの世界で大成する才能とは何なのか?」と、ぼくはいつも考えるんです。そこで、『スポーツ・アイデンティティ どのスポーツを選ぶかで人生は決まる』(太田出版)という作品も書きました。
後藤さんは、才能ある選手を探しに日本中を飛び回る木庭氏に3年近く同行し、いかに才能を目利きしているかを丹念に取材されました。
―第一級のスカウトは、選手の才能をどのように見極めていたのでしょう?
田崎 『スカウト』には、例えば投手の球速については「初速より終い(終速)がいくらか」という視点が紹介されています。また、「男の子は母親の骨格を受け継ぐ場合が多い。選手の母親に会えば、まず骨格を観察する。ピッチャーならなで肩がいい」といった話も出てくる。
中溝 木庭さんと同時期に近鉄バファローズのスカウトを務めた河西俊雄さんの評伝『ひとを見抜く』(澤宮優)にも似た話が出てきます。河西さんも「選手を見るときは母親の尻の大きさを見ていた」と。選手の母親を観察するというのは名スカウトたちが共通して挙げているポイントですよね。
田崎 ただ、『スカウト』にはこんな記述もあって興味深いんです。「木庭は、選手たちの家を訪れると、まずは置いてある家具を眺める癖があった。それによってその家の経済状態がほぼわかるからである」。つまり、スカウトは選手の能力だけではなく、人生そのものを見ていたということです。
中溝 田崎さんの『球童』にも、スカウトの方が登場しますね。伊良部さんは高校時代から球速が注目されていましたが、当時のロッテオリオンズのスカウトは、練習場で自分のほうに駆け寄ってくる伊良部さんの軽やかな走り方を見て、「これは期待できる」と感じたというエピソードはとても印象的です。
田崎 プロの世界は球の速さだけでは通用しません。スカウトの人たちが、高校時代の伊良部さんをどう見ていたのか? そこをどうしても知りたくて取材しました。その発想はやはり『スカウト』の影響を受けていると思います。
取材・文=興山英雄 撮影=タイコウクニヨシ
(集英社クオータリー コトバ 2025年春号より)