「舞台もの」って売れないんですか?
鴻上 でもなぁ、舞台ものの小説って、編集者は嫌がるのよ。
松井 確かに、舞台を小説で表現するのはすごく難しかったです。業界用語を、読んでいる人にわかりやすく伝えるのも。たとえばゲネって書いてわかってもらえるのかな? とか。
鴻上 そのわりには「場当たり」(*6)とか、シャラッと書いてるよね(笑)。「上手」「下手 」(*7)もわかりにくいか……って、そうじゃなくて、舞台ものの小説は売れないから。
松井 そうなんですか? どうしよう……(編集者のほうを向いて)今さらですが、ごめんなさい!
鴻上 いやいや、この作品は違うよ。つまり、読者のイメージとして「舞台ものって暗いんでしょ」「貧乏くさそう」というのが根強くあって。演劇の作業って、確かにどうしても地道なんですよ。繰り返していくことで人がゆっくりなにかにたどり着いていく、だから演劇は教育に使われたりもするんだよね。それに比べると、映像は派手。この日が一発勝負、これを外したらもうこのシーンは撮れませんみたいなことの連続で、ドラマがいっぱい起こるから。乱暴でドラマチック、そういうもののほうが、どうしてもお客は飛びつきやすいの。
松井 それ、すごくわかります。
鴻上 でも、この作品のように、舞台に映画業界やアイドル業界が絡んでくると、全然違ってくる。おもしろさとしては、本当は変わんないんだけどね。
松井 そうですね。私もアイドルではあったけれど、この小説に書いたことは私の実体験ではないので、今回、いろいろと情報収集をしました。今現役の子に「最近どうなの?」と訊いたり、マル子さんのように舞台から映像に出演するようになった俳優さんに「最初の頃、どんなふうでしたか?」と尋ねてみたり。あと、作品の中でも書いているのですが、アイドルや俳優をやめた人が、その先どうやって生きていくんだろうかということも、すごく考えました。
鴻上 視線が、すっかり作家だね。玲奈って、『ベター・ハーフ』のときにはもう小説を書いてたんだっけ?
松井 えーと、最初の短編集『カモフラージュ』が出たのが二〇一九年なので、書き始めてはいた……かもしれないです。
鴻上 そうなんだ。俺にはなんの連絡もなかったから、ニュースで玲奈が小説を出したことを知って、書店に買いに行きましたよ。マメでしょ?
松井 恐れ入ります(笑)。小説を書き始めたのは、当時のマネージャーさんが私の書いている文章を読んで、なにか書いてみたら? と勧めてくれたからなのですが、それまで自分は読むことしかできないと思っていたので、扉を開いてもらったのは大きかったです。演じることも書くこともそうですが、自分の中にあるものを外に出すことで、ある意味、リフレッシュしているというか、体を整えているような感覚があって……。
鴻上 なるほど。玲奈はアイドルとして仕事をしてきた中でいろんなプレッシャーを受けて軋んだ経験がたくさんあったから、小説という、全部自分でコントロールできる自己表現がリハビリやメンテナンスになったんだろうね。
松井 (深く頷く)そう思います。本当は、ももちゃんをアイドルに設定することも、すごく悩んだんです。ももちゃんを私だと思って読む人が絶対に多いだろうなと想像したので。
鴻上 それはあるよなぁ。『カモフラージュ』を読んだときも、俺、思ったもん。「ほー、玲奈は愛する人のためにこうやって弁当をつくるのか」って(*8)。
松井 つくってないですよ!(笑)
鴻上 ハハハ。玲奈は、食いものの描写がすごく上手なんだよ。今回も、マル子がつくってる天かす入りのおむすびが実にうまそうで、つくってみたくなった。きっと食いしん坊なんだろうな。
松井 はい、そういう小説ばかり読んできたのもあって。でも、そうなんですよね……どの作品でもそうですが、表舞台はすごく華やかに見えるけれど、裏側では、そこで生きている人たちの人間らしさが息づいていて、そこを知ってもらいたいというか、物語の中で感じてほしいという思いが、自分の根底にはずっとあって。そのためには、やっぱりアイドルのももちゃんが出てくる必要があったってことなんだなぁと、今は思えます。
戯曲を書くために、まずは脚本を攻略せよ
鴻上 玲奈はもうこうして立派に作家として生きているわけだけど、これからはさらに大変になっていくかもしれないね。作家としてオーダーに応えていくために。
松井 なにを書くか、ってことですか?
鴻上 そう。「次はいつまでに、これを」みたいな感じになると、アイドル時代や、俳優として演じることと同じようなプレッシャーを感じる場面も出てくると思う。
松井 えーっ、怖いこと言わないでくださいよ(笑)。でも、そうですね……小説にしてもお芝居にしても、つくることは決して簡単じゃないとひしひし感じています。(小声で)実は私、舞台の台本も一回だけ書いたことがあるんです。
鴻上 え、どんなのを?
松井 友だちのひとり舞台の台本を描きました。すっごく難しかったです! そもそもはじめてでしたし、それでいきなりひとり芝居は……だって、誰ともしゃべらせられないじゃないですか。小説みたいに地の文がないから、どうしたらいいのかわからなくて。
鴻上 ハハハ、空想の相手としゃべらせればいいじゃないの。玲奈の書くものはちゃんと小説だし、読みながら「あ、これなら戯曲も書けるだろうな」って思ったよ。
松井 本当ですか? お芝居も書いてみたいんです、いつか。
鴻上 最初は、脚本のほうがいいかもしれないね。映画やドラマの脚本と小説って、けっこう親和性があるんだよ。脚本は会話と地の文がある小説と似てて、たとえば脚本に「空を見上げて、飛ぶ鳥二羽をじっと見つめる」というト書きがあるとする。これって小説の地の文と同じで、その通りに映像を撮れば画面が成立するよね。でも、脚本と戯曲、つまり演劇の台本はものすごく違う。同じ場面を戯曲にすると、俳優が空を見上げてそこに鳥がいるということを、なんらかの形でしゃべらせなきゃいけないから。
松井 あ、そうか。「あそこに二羽の鳥がいる」って……すごい、勉強になります!
鴻上 脚本と小説は一人称で進んでいけばいいけど、芝居の台本は、ひとり芝居を除けば対話でしかないし、そもそも「あそこに二羽の鳥がいる」ってつぶやくお前は誰なんだ? ってことにもなる。だから、誰かを側に置いて、その人に向かって「ねえ見て、鳥が二羽飛んでるよ」と対話で進めていくのが戯曲。そのやり方を身につければ、すぐ書けますよ。
松井 そうなんですね。ますます挑戦してみたくなりました。
鴻上 でも、まずは映像の脚本がいいと思う。脚本のほうがお金になりやすいから、事務所的にも喜ばれるし(笑)。有名な監督と組んだら、映画とか、ピャッと当たるよ。
松井 当たったらうれしいですけど……あのー、鴻上さんは書くとき、いつもなにを考えているんですか?
鴻上 なんだよ、その漠然とした質問は!(笑)
松井 すみません。私は映像の世界が長かったので、小説を書くときも、最初は全部、映像で出てくるんです。ここが部屋で、今どこにカメラがあって、寄るのか引くのか、みたいな……頭の中にミニチュアハウスみたいなセットをつくって書いているんです。だから、ほかの方はどんなふうに物語をつくるのかなと。
鴻上 それが、脚本と小説向きの発想だね。俺なんかはずっと戯曲を書いてきたから、常にどんな会話が生まれるか? から始まるわけです。
松井 すてき。もっと会話を書けるようになりたいです。
鴻上 あと、脚本と小説は視点が常に明確だけど、戯曲はお客が見て成立するものだから、誰の視点で、っていう発想がないんですよ。言ってしまえば、第三者視点だけというか。結局、演劇のおもしろさって、視点を選べることじゃない? こっちでドラマが起こっていても、なにを見るかはお客の自由。だから舞台中継や公演のDVDを見ると、ときどき「なんであいつを映さないんだ!」って思う。
松井 わかります。「あー、あのシーンが映ってない!」って。
鴻上 強引な演出家なら「ここだけを見て」という見せ方をしたりもするんだけど、だったら映像で、アップでやったほうがいいんじゃないのって思う。まあ、だから最初は脚本から挑戦してみたら? この『カット・イン/カット・アウト』を脚本にしてみてもいいと思うよ。
松井 でも、脚本にするなら、視点となる人物はひとりのほうがいいですよね。私はまだ主人公をひとりに据えた小説を書いてなくて、いつも別の視点に逃げたくなるんです。誰かを書いていても、すぐ違う人のことを考えてしまう。多角的な物語にしたがるクセがあるので、それを直さないと脚本は書けないかも……。
鴻上 だったら、バディものにしたらいいんじゃないのかな。マル子とももちゃん、二人の均等な視点で、他のキャラクターには申し訳ないけどちょっと消えてもらって(笑)。玲奈が脚本をやってくれるなら、俺、映画も撮ってるので、喜んで監督やらせてもらいますよ。
松井 本当ですか? うわぁ、うれしいです。
鴻上 そのためにも、まずはこの小説が売れるといいね。でも、絶対にいけるよ。たとえ芸能界でお呼びがかからなくなっても、作家としてやっていける!
松井 ありがとうございます。とっても心強い言葉ですけど、よければ俳優としても、また声をかけてくださいね(笑)。
*1 鴻上尚史作・演出、風間俊介・松井玲奈・中村中・片桐仁出演。17年6〜7月東京・本多劇場ほか、愛知、福岡、大阪で上演。
*2 ニッポン放送『オールナイトニッポン劇場「家族編」』松井玲奈・長野里美・藤井隆・山内宏明出演。18年4〜6月放送。
*3 鴻上尚史作・演出、玉置玲央・一色洋平・稲葉友・安西慎太郎・小松準弥出演。24年8〜9月東京・紀伊國屋ホール、9月大阪・サンケイホールブリーゼで公演。
*4 ゲネラルプローベの略。ゲネプロとも。舞台などで本番と同じ形式で行うリハーサル。
*5 2023年劇団☆新感線43周年興行・春公演『ミナト町純情オセロ~月がとっても慕情篇~』三宅健・松井玲奈ほか出演。23年3月東京建物Brillia HALL、4〜5月COOL JAPAN PARK OSAKA WWホールで上演。
*6 本番と同様の状況で俳優の立ち位置や照明、装置の確認を行うこと。
*7 舞台において左右を表す言葉。客席から舞台を見て右側が上手、左側が下手。
*8 収録作「ハンドメイド」の中の描写。
「小説すばる」2025年」4月号転載