コストカットをしてできるだけ安くお客様へ

それでもこの時代に、おいしい外食がお手頃の値段で食べられるのはやはり驚異的だ。行列が絶えないほどの人気ならば、もっと値上げをしても問題なさそうだが、そこは“立ち食いそば屋”としてのポリシーがあるという。

店主の篠原誠一さん
店主の篠原誠一さん

「競馬場内の飲食店には1000円ぐらいのメニューもあるのですが、やっぱり立ち食いそば屋なので値段は抑えたいんです。ずっとワンコイン以内でやってきてそれができなくなりましたが、少しでもコストをカットして提供しようと思っています」

取材当日は平日ということもあり、競馬場内のすべての飲食店が休業していたが、「馬そば 深大寺」には篠原さんを含めて3名のスタッフが下準備のために出勤。野菜をカットしたり、牛すじを煮込んだりしていた。外注に出せばその手間が省けるのだが、コストカットのためにこれらを自ら行なっている。

開店前日の下準備の様子
開店前日の下準備の様子
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また昨今は特にコメの値上がりが顕著だが、おにぎりなどのサイドメニューまで値上げをすると、そばとセットにした場合、結構な値段になってしまうため、値上げはせず、ギリギリで耐えている。

「出来合いのものに頼らないのは、味を追求するためでもあります。値段が安いから味もそれなりとは考えたくないんですよね。だしは当日の朝に作るようにして、『立ち食いそば屋にしてはおいしいぞ』という思いで提供しています。

ただそんな中で、従業員の生活もありますから、値上げもしていかなければなりません。値上げに対するお客様の反応は、このご時世もあって理解をしてくださっているのか、ありがたいことに反発のような声は上がってきておりません。

店のシステム上、なかなか直接お客様と会話することができないのでその気持ちは詳しくわかりませんが、変わらず並んでくださっていることが、応援してくださっている証拠だと受け取っております」

シンプルながらも深い味わいが楽しめる立ち食いそばは、まさに日本の食文化の完成形のひとつだ。どれだけ時代が変わろうとも、この文化が次の世代までずっと受け継がれていってほしい。

取材・撮影・文/ライター神山