“取材源の秘匿”という鉄則

伊藤氏と山口氏をホテルに送ったタクシードライバーや、捜査状況を内々に知らせてくれた捜査員Aの映像が作品に使用されていることにおいても「海外であればプライバシーよりも公益性が勝る」と、プライバシー処理を施すことなく使用することに問題はないとする意見が報道後にSNS上などでも多く散見された。これにも佃弁護士は疑問を呈する。

「表現の自由を重んじることが好きなアメリカを例に挙げますが、ウォーターゲート事件でワシントン・ポストはディープスロートの素性を明かしたでしょうか。ワシントン・ポストは取材源を守ってニクソンの盗聴事件を暴きました。

数年前に日本公開された映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』は、ワインスタインの性加害をニューヨーク・タイムズが暴いたという実話ですが、そのときにニューヨーク・タイムズの記者たちはどうしたかというと、被害を訴える当事者たちが『私の名前を出していい』と言わない限り、絶対に名前を出すことはありませんでした。

その代わりに、当事者から了解を求めるために実に地道な活動をするんです。それが映画になっているということは、おそらくそれがアメリカのスタンダードなんですよ。

事実を暴こうというエネルギーは保ちながらも、人権など守るものは守っている。我々が今回、伊藤氏に要求している“取材源の秘匿”というジャーナリズムの鉄則は守って取材が行なわれています。アメリカであればプライバシーよりも公益性のほうが勝っている、というのは実に抽象的かつ恣意的な議論です」

映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』
映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』
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海外で公開された『Black Box Diaries』を確認したところ、防犯カメラの映像は作品の冒頭から使用されていた。

当事者らの、当時の映像は、たしかにインパクトがある。作り手として「使いたい」という気持ちは理解できなくはないが……。

「山口氏による性暴力が裁判ですでに認められているわけですから、そのうえで映像を使用するというのは、映画を美味しくするだけのものでしかないわけです。しかし、そのときには使用する弊害とのバランスを考慮する必要があります。そして、弊害があるのであれば、それは使うべきではありません。我々はずっとそれを訴えています」(佃弁護士)

佃弁護士は西廣弁護士、そして角田由紀子弁護士とともに2月20日午前、東京・千代田区の日本外国特派員協会で会見を行う予定だ。伊藤氏も同日午後、同所において会見を予定している。

『Black Box Diaries』は、第97回米アカデミー賞の長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされている。史上初の日本人監督ノミネートとなった本作は現在「50以上の映画祭で上映され、18の賞を受賞。さらに、世界30以上の国と地域での配給が決定」(スターサンズHP内、1月23日付「NEWS」より)しているという。

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取材・文/高橋ユキ