巨人戦敗戦後の星野監督の恐怖

――今の選手はタバコもだいぶ吸わなくなりました。

昔は8~9割の選手は吸ってたんじゃないか。1イニング終わるごとにみんなロッカーへ吸いに行ってたよ。

ロッテの投手の水谷(則博)さんなんて、喘息持ちだったから吸入器を使ってたんだけど、麻雀をしているときに吸入器を使いながらタバコ吸ってたからね。それ意味ないって(笑)。

現在も酒は飲まないが、タバコは吸っているという愛甲氏
現在も酒は飲まないが、タバコは吸っているという愛甲氏

――パワハラといえば(?)、中日時代は“闘将”星野仙一さんが監督をやってらっしゃいましたね。

本当にヤバかった。ビジターのジャイアンツ戦に負けた後なんてとくにヒドくて……。(宿泊先の)赤プリ(赤坂プリンスホテル)まで帰るバスの中なんて、一番前の席に座ってる(星野)監督が超イライラしてるから、みんな下を向いて誰もしゃべれない。完全にお通夜状態。

それで信号が黄色になってバスの運転手がブレーキを踏んで停車しようものなら、監督が近くにある冷蔵庫をガーンと思いっきり蹴っ飛ばすんだよ。

――運転手さんは生きた心地がしなさそう……。

監督はとにかく早く帰りたかったみたい。だから運転手の横の補助席に座ってるチームマネージャーが運転手に向かって「次、赤信号で止まりそうだったら、罰金はこちらで払うんで、手前の進入禁止の路地、入っちゃってください」って懇願してて(笑)。

――もはやコンプラどうこうのレベルじゃないですね。

でも、星野さんは負けたら怒るけど、次の日はケロっとしてる。それにミーティングでのしゃべりが本当に上手で、政治家になったほうがいいんじゃないかってくらい引き込まれたな。

俺は8人の監督のもとでプレー経験があるけど、星野さんが唯一だったね。勝ったときの第一声で選手に「ありがとう」って言ってたのは。

――昭和の男って感じです。

あの時代はパワハラだらけだったけど、先輩たちの面倒見も本当によかった。今の時代ってなんかドライだよね。

――#3では、現在のプロ野球界に愛甲さんが思うことについて聞きます!

#3へつづく

メチャクチャだったけど、今よりも楽しそうな昭和のプロ野球界について話す
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愛甲猛●1962年8月15日生まれ。神奈川県逗子市出身の元プロ野球選手。左投左打。1980年には夏の甲子園でエースとして優勝を果たす。同年ロッテオリオンズに入団、1995年オフに中日ドラゴンズへ無償トレード移籍。2000年に引退後は野球解説者、俳優として活動。現在、YouTubeチャンネル『愛甲猛の野良犬チャンネル』を運営中。

取材・文/武松佑季 撮影/村上庄吾