老いた親との介護の時間

気づけば、私も53歳。

自分が歳をとれば、もちろん親も歳をとるわけで。

遂に大久保家にもあの問題が降りかかってまいりました。

そうです、あの介護問題です。

母が棚に隠していた饅頭を「食べた」「食べない」で両親が大揉め。

母から「私の饅頭を知らないか」と問い詰められ「そんなの知らんよ」と答える父。

しかし、その口元には何やらあやしい食べカスが。

でも、よく見ると母の口元にもそれらしきものがついている……。

どちらかが食べたことを隠しているのか、それとも、食べたことすら忘れてしまったのか。

いや、もしかしたら、二人で半分こしたのを二人とも忘れてしまっているのかもしれない。

一抹の恐怖を感じつつ「ふうちゃんが食べちゃったのかなぁ?」と、両親が飼っている犬のせいにして喧嘩をおさめたのが数年前の出来事。

大久保佳代子
大久保佳代子
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そこから老いはぐんぐんと加速。母が「膝が痛い」と言えば、父が「血圧がなぁ」と言い出す、返事を待たずに喋り続ける老人あるある。

二人の体調不良の訴えをまるで二重音声のごとく聞き続けるのが帰省時の恒例行事になっていたりして。

以前から「そろそろヤバイかもしれない」とうっすら気づいてはいましたが、その予感がとうとう現実になり父が“要介護1”に。

ついに介護のスタートラインに立つことになってしまったのです。

やたら怒りっぽくなり、母と衝突する機会が増えたなと思ったら、喧嘩したことすら忘れてしまうように。

急速に体も頭も衰えていく父の現状を理解しているつもりではいたけれど。

深夜の実家の廊下でトイレから点々と寝室まで続く父のおしっこのあとを目にしたり。

寝室のすみから、父が隠したであろう “お漏らしパンツ”がまるまった状態で出てきたり。

自分の下(しも)の処理がままならなくなった、その現実を知ったときはやっぱりショックで。

でも、ショックを受けたのはきっと父も同じ。

お世話をする立場としては介護用のオムツをつけて欲しいところなんだけど、父はそれを拒否。

「オムツなんて誰でもはいているよ。うちの愛犬のパコ美ちゃんもよその家にいくときははくんだよ」と説得しても「それは犬の話だろう」とやっぱり拒否。

パンツに貼り付ける尿取りパッドも上手く使えず、最終的には簡易トイレまで購入したものの、最近はそれがあることすら忘れてしまったのか、全く使ってくれなくて。

壁にぶちあたるたびに、何かいい手はないか、いいグッズはないかとネット検索。

今の私のamazonの購入履歴、介護グッズで埋め尽くされていますからね。